噛み合わない。


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私は、阪急電車でいうと三駅先のスーパーまでわざわざ電動自転車を走らせ食材を買いにいく。

理由は、身の丈に合わない高級住宅街に住んだものだから、徒歩圏内にある小売店に陳列される商品の価格設定が、軒並み高すぎるからである。
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三駅先の八百屋さんは、ボロボロの店構えに似つかわしくない、大きくて立派なワイドテレビを店内に壁掛けしており、いつもご主人がそれを見ながら仕事をしている。

 

一昨日ピーマンを買いにいくと、八百屋のテレビ画面いっぱいに狩野英孝が大写しになり、“野性の勘が”とか、“大人のお付き合いです”、“プライバシーが”やら“大人のおつきあいが”、とか言ってた。大人のおつきあい、という言葉の連呼に、なんだか恥ずかしくなってそそくさと店を出た。

 

ほったて小屋みたいな店と、最新のテレビと、そこに映し出される狩野英孝と、彼がそこでした発言の数々と、誰が買うのかわからない真っ黒になったバナナの盛られた篭と、全てが噛み合っていない。

異空間だと思った。


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少し前まで、妹がうちに泊まりに来ていた。

 

10歳年下の妹は、私の自慢の妹である。

学生時代は、モデルのアルバイトもしており、社会人になってからもボランティアでショーに出演したりカットモデルなどしていた。

誰が見ても、美人で、スタイルの良い妹は、昔から性格も溌剌としており、小学生の頃は学級委員、中学に入れば生徒会長という、友達が多い子の、まさに王道人生を歩んでいた。

スポーツもよく出来て、長い手足を生かしハイジャンプの選手として小学生の頃から全国大会へ出場もしている。

また私とは違い、頭も良かった妹は、父親の希望通り、父親の母校であり県内では最も歴史のある公立高校に進学した。

ちなみにその高校の先輩は、南方熊楠竹中平蔵である。て、竹中平蔵はあんまりプラスの情報ではないし黙っといた方が良かったか。

その後、推薦で関西の有名私大へ合格。

就職も鮮やかに決めた。

彼女は、メガバンクの総合職の内定を手にしたのだった。その年、三百人近い新入行員の中で女子で総合職に就いたのはたった7人であった。

銀行の、総合職。新入行員として配属されたのは、融資課、あの半沢直樹も所属していた融資課であった。

同じくバンカーだった父親は、性格が破綻していたので、融資課なんて花形には配属されず、池井戸作品の言葉を借りて言うと、変人の集まり臨店班(検査部)というところで仕事をしていた。※もちろん臨店班全員が変人とか花咲舞みたいな正義の味方ばかりだとか言うつもりはないですよ。
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話を妹に戻す。

 

とにかく、私の妹は、美人で明るく頭も性格もよくて、全てが、私とは、真逆、だったのだ。

そして私はそんな妹に嫉妬と憎悪の炎を燃やし……たわけではなかった。

むしろ、彼女が生まれた瞬間から、いや母のお腹にいた頃から、ずっと、可愛くてかわいくて仕方なかったのだった。

 

だって10歳も離れているんだ。

それは「妹以上、自分の産んだ子供未満」そんな感じだった。

妹は、私の言うことは何でも信じたし、何でも聞いた。親とは喧嘩することがあっても、私が宥めると、それにはなぜか従うのであった。

 

とにかく私の言う事は素直に聞く子だったので、彼女が小学生の頃は、私は実にくだらない様々な嘘をついて小さなあの子を困らせていた。

 

様々な嘘のうち、今でも妹から「お姉ちゃんのあれは酷かった」と言われるのは、実は私達姉妹には、一番上に生き別れた兄がいるんだよ、という嘘だ。アルバムにたまたま写っていた赤の他人の男の子を、兄に見立てて話をすすめた。親には言うな、と釘をさした。

言ってるそばから、私はそんな嘘を忘れていたのだが、幼い妹は、ずいぶん長い間その嘘を信じ悩んでいたそうである。

あとは、3歳ぐらいの妹を連れて散歩をしていたとき、「お姉ちゃんは道に迷ってしまった、もう家には帰れないよ」などと言って本気で泣かしたこともあった。

 

いじめていたわけではない。全てが、愛しかったのだ。私みたいなもんを全面的に頼り、信頼する小さな妹が。


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だけど小さな妹は、いつのまにか身長170センチを超え、しかも胸は私がマイナスAカップぐらいしかない逆にえぐれてんちゃうか言うぐらいの貧乳なのに対して、アルファベットで6個分ぐらい先のカップに成長していた。

 

これに関しては、私の以下の持論がある。

「とにかく何でも忘れっぽいお姉ちゃんが、お母さんの腹のなかにおっぱいを2つ忘れたまま産まれてもうて、それをアンタが拾って装着して出てきたんや、せやからそれ半分ぐらい私のんやから返せや」

というものである。 尚この持論は無視され続けている。

 

そんな、何もかも完璧な妹。そして私を慕い、絶対的な信用を置いてくれていた妹。

 

そんな妹に、私の言葉がもう届かなくなったのかな、と少し寂しくもあり、成長を感じたのは、妹が京都大学の彼氏と付き合い始めた頃だった。

 

それまで、何かにつけて私に色んなことを聞いてくれた妹。何の話かは忘れたが、彼女に私が意見を述べたことがあった。そのとき、妹は「でもさ、○○くんは、それは違うって言うてたよ」と言ったのだった。

ショックだった。初めて言い返されたというか、私より信頼したい頼りたい人が現れたんだ、と思った。

 

当然である、京大生の頭脳明晰な彼氏と、かたや嘘つきのあほな姉、どちらを信じてついていくかは、言うまでもない。

 

ただ、もうあの子の一番の存在じゃなくなってんな、と実感した瞬間だったし、寂しいけれど、そんな彼とあの子が出会えたのが嬉しくもあった。

私とは違いリア充な妹なのでもちろん小学生の頃から彼氏はいたけれど、あの京大の男の子は、今までの、どの彼氏とも違ったのだった。

 

お互いの両親に、挨拶も済ませ、正式なプロポーズも受けた妹は、幸せに向かって新しい一歩を踏み出すはずだった。

 
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いつしか、妹は、職場の銀行の人間関係で悩むようになっていた。目立つ容姿の女性は、それだけで、同性の中にいると、その容姿が“無言の攻撃”になることがある、と水島広子先生の本で読んだ気がする。

 

美人は、何の気なしに男性からチヤホヤされる。それを目の当たりにし続ける同性の中には、それが“攻撃”に見える場合もあるという。

 

それが原因かはわからない。とにかく妹は、職場のある人から冷たくされるようになった。仕事でミスをした。

 

こんなときに、結婚したら、結婚に逃げていることになってしまう、と妹は思ったのだと思う。そのあたりはわからない。

知らないうちに、婚約は解消されていた。

そして、冬休みに会ったとき、妹は心療内科から、ある病名を告げられ、会社に行けなくなっていた。

 
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美人でキラキラして明るかった妹は、会話こそするものの、以前のあの子とはすっかり変わってしまっていた。

 

それを一番感じたのは、あの子に誕生日プレゼントとして、ファンデーションとアイシャドウ、シャネルのヘアミスト、いずれも20代の女の子の間では話題の商品を、あげた時だった。

 

「ありがとう。」力なく笑ってそう言った妹だったが、そのファンデーションとアイシャドウ、ヘアミストを、私が実家に帰っている間の5日間、一切封を開けないままだったのである。

 

以前の妹なら、美意識も高く、自分磨きやメイクも大好きだった。というか、若い女の子なら普通はこんなに新しい化粧品、しかもシャネルを貰ったら、喜んで使うはずである。

 

でも、完全に、なんというか覇気の無くなった妹は、メイクもヘアケアもオシャレも、興味を無くした様子だった。

 

このまま、この子、死ぬんちゃうか。

そう思ってしまうほどの、変わり様だった。

 
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それで心配して、私は、阪急沿線の高級住宅街にある我が家へ、あの子を呼んだのだった。このマンションは、大開口の大きな窓が自慢である。

 

表面上元気そうな、妹とは、なかなか核心に迫る話が出来なかった。録画していた『ヤクザと憲法』と戸塚ヨットスクールのドキュメンタリー『平成ジレンマ』を見たりした。

 

結婚さえすれば、幸せになれるから。

とにかく、彼がまだ好きだと言ってくれているんだから、何も考えずに結婚してしまえよ、それで絶対確実にあんたは幸せになれるから!!

 

そう、力強く言えれば良かったのに。

私は、前みたいに、うまいこと嘘をつけなくなっていた。

妹も、もうとっくに、前みたいに小さな泣き虫じゃなくなっていた。でも、きっと心の中はぐちゃぐちゃなのだろうと思った。あの頃みたいに、泣き叫んでも、何もならない、私にはどうすることもできない問題と、一人で戦っていた。

 

お金持ちの男の人と結婚して、専業主婦になりさえすれば、綺麗な家に住んで優雅にママ友達とランチをしてとにかく幸せになれるから何も考えるな、と、キッパリ言い切ることが出来ない私は、中途半端な嘘つきだと思った。

 

大開口が自慢の大きな窓は、この季節になると結露がものすごい。

私は一日に何度、この窓を拭いているかわからない。ちゃんと水気をとらなければ、夫のお母さんが買ってくれた30万円のカーテンにカビが生えてしまうかもしれない。

 

窓のしずくは、拭いても、拭いても、垂れてくる。まるで涙みたいに。

拭いても、拭いても……。