祖母が何度めかの入院中をしたので、会いに行った。心不全と肺炎が併発したのだそうで、もう、退院できる可能性は低いらしい。
いつものように南海高野線で林間田園都市駅までいき、妹に車で迎えに来てもらってそこから御所市の病院へ。南海高野線は世界遺産高野山へ向かう南海電鉄の路線で、河内長野駅を過ぎるとどんどん景色が里山集落とトンネルの連続になる。晴れの日はもちろん、雨の日も緑がとても綺麗で、停車しドアが開閉するごとに山の湿った独特の匂いが車内に入ってくるのが好きだ。カブトムシの虫籠みたいな、腐葉土のような匂い。
妹とは、病院へお見舞いより先に御所市の洋食店にいった。ものすごく大きなチキンカツが出てきて思わず「でかすぎへん?!」て言うてしもた。私の顔より全然でかい。妹はこの店に来るのが二回目で「前来たときよりでかくなってる」と言った。そんなことあるのか笑
昼食後、面会予約の時間が近付いてきたので病院へ。いまだに面会にはこのようなフェイスシールドが必要で、マスクももちろん装着。
祖母は、目を開けて横になっていた。
私と妹は、ベッドサイドに立って、話しかけた。目線は、合ったりあわなかったりした。それでも呼び掛けの声に、なにか反応を見出だしたくて、ずっと話しかけたり手をにぎりながら顔を見ていた。
祖母の顔の肌は、すごく綺麗だ。白くて、毛穴が全く目立たない。すごくきれい。大淀町下市口のお嬢様だったんだもんね。
でも、鼻にも手にも、恐らく、下半身も、色んな管が繋がれていて、液体が入ったり、逆に尿らしきものが出たりする管もあった。手の甲の管を通された箇所は赤黒くなっていた。どうか、せめて、痛くありませんように。管を入れられたりするとき、痛くありませんように。そう願いながら腕をさすってみた。驚くほど細い。つぎに肩を撫でてみた。こんなに、痩せていたんだな。服を着ているからわからなかったけれど、数年殆ど運動もできずコロナで外にも連れていってもらえず、だから肌も白いのだろう。
フェイスシールドなんかして、マスクまでして、ただでさえ意志疎通が難しいのに、こんなものがあったら私の顔がわからないやんか。途中こっそりフェイスシールドは外して、おばあちゃんの顔を見ながら話しかけた。
口の中に空気が含まれ、音が発せられることなく、ふすっ、という音を立てた。あれはきっと、私に、話しかけてくれたんだと思う。
窓のそとには、大きなグラウンドがあり、小雨の中元気な声の男の子らが野球をしていた。時折聞こえる覇気のある声や活発に走り回るその姿は、生命力に満ち溢れていた。
今日が晴れじゃなくて良かった、と思った。キラキラの太陽の下の彼らは、眩しすぎただろうから。もう自発的な呼吸も絶え絶えの、退院は無理でしょうと言われている祖母の姿を目の前にした私には、眩しすぎたと思うから。
妹が席をはずした数分の間に、私は恥ずかしくて言えなかった「だいすき」という言葉をありったけ、手をにぎりながら、何度も耳元で伝えた。だいすき、だいすき、だいすきと言いながら、涙があふれた。妹が戻るまでに涙をふいて、私が今度は部屋を出た。妹だって、二人きりになりたいだろう。
またね、と言って病室を出た。行きは妹と色々話したけど、帰りの車ではお互いあまり喋らなかった。