珍獣ヒネモスの枝毛

全部嘘です

舞の海を知らない子供たち

 だいたいこの辺で子供が髪を切るとなると西宮北口のこことか

尼崎つかしんのここ
あとは神戸アンパンマンミュージアムの床屋なんか子供が喜ぶ
 
 週末のお泊まり会に向け(髪が長いと一人で拭けないから)、散髪にいかせる予定が、子供や私の体調が崩れ、気づけばもう時間がない。
 
 とにかく今日中に、髪を切るのだ。
 
 しかも午後から雨が降る予報。夫は出張中。足は電動自転車のみ。数時間で決着をつけなくては。どうする私。

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 まず初めに行った私の行き付けの美容室では、予約で満席だと断られた。
子供の頭のことなんだし、1000円カットでもどこでも良いのだが、それが近所にはない。
 
 そして自転車でウロウロしていたら、目に飛び込んできたのがこのレトロな床屋さんであった。

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 こういう椅子の床屋さん、何十年ぶりかに見た。
 
 ハサミのケース、顔そり用ブラシの陳列、丸いライト、アイパーの張り紙。
 子供のカット、やってますか?と聞いてみた。最近切ってないけど、ええよ、とのこと。
 
 すんごいモジャモジャ腕毛の、コワモテ床屋さん登場。
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「おじょうちゃん、何歳?(おっちゃん真顔で聞く)」
「………5さい。(娘めっちゃ小声。おびえてる。)」
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なあ、ママ、ちょっとこわいねんけど……。消え入りそうな声で私の方を見つめ、つぶやく。

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「大丈夫(そのおっちゃん、全然ニコニコしてくれへんけど、腕の毛ぇもっじゃもじゃやけど、おっちゃんも久々の小さいお客さんに、ちょっとだけ戸惑ってはるだけやから)」括弧内を目で伝える。
 娘に伝わってるのかは知らん。
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(ほら、見てみ。こんな昭和チックな、普段使ってなさそうなケープを、店の奥からわざわざ探しだして来てくれたやん)
括弧内を目で伝える私。
 娘に伝わってるのかは知らん。

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  長い沈黙。気まずいその空気をなんとか打破したかったのは、おっちゃんとて同じだった。
 
 何か、共通の話題は無いものか。5歳の幼女と、60代(推定)のおっちゃんの、共通話題……。おっちゃん、テレビに目をやりながら、一生懸命考えた。そして捻りだした答えは
 
「おじょうちゃん、舞の海って、知ってるか」
 
どーん。
 
娘「(えっ……)……しらん。」
 
おっちゃん「そうか……」チョキチョキ。
 
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 おっちゃん、そら、知らんで。5歳児、舞の海しらんで。なんぼテレビでたまたま流れてたからって、それはないで、と思いながらも、おっちゃんなりに最大限5歳女性に気を遣いながら髪を切ってくれているのがよくわかったし、なんだか申し訳ないような、でもおもろいな、と思った。そんな夏の日。