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walking machineは何処へいく

母方の祖父と祖母が入所する老人ホームに行ってきた。祖父の方は、最近までしっかり独り暮らしをしていたのだが、脳梗塞から歩行に困難をきたすようになり、今年1月からここに暮らしている。
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祖父は、ここでの暮らしを、スケッチブックに記録している。
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おもに、その日に出された食事について。食べることが、ここでの暮らしでいかに楽しみなのかわかる。
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“オヤツをまちわびる90才の男性”
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実際に食べた物の記録以外に、スケッチブックには「その日食べたいもの」が、とても、丁寧に描かれている。
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実際にそこにはないドーナツ。“パンは神戸、bakeryのものがwonderfulである”とも書いてある。食べたいものがいっぱい。でも、食べられない。

施設内の食中毒対策で、外部の人間の持ち込んだ食べ物は、渡せないのだ。
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エビフライ。祖父は料理がとても上手くて、私と夫が子供を連れて遊びにいくときは、必ずエビフライとその他数品を用意してくれた。

なお、祖父は大阪外国語大学、いまの阪大で英語とスペイン語を学んでいたので、日記や文章には、ルー大柴並に英語が混じる。
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やっぱり、こういうとき、思い出すのは、母の味なんだな。
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お母さんの作るおにぎりの絵が、たびたび出てくる。
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昔を思い出したり。同じ部屋の人の似顔絵を描いたり。戦争のこと。あと、中国語。とにかく語学の好きな人なのだ。
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“ お命をひっぱるwalking machine何処へいくのか わからんけど”


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Walking machineと、おじいちゃんと娘。

また来るね。

 

終戦記念日

実家に帰って、祖父母のアルバムを見ている。祖父は4年前亡くなっている。

 
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見慣れぬ四文字熟語の掲げられた神社での集合写真。

暮しの手帖』の花森安治は、戦時中の国策広告コピーライターだったらしいから、この四文字もそうなのかな、とか思ったが、これは元々ある言葉であった。

武運長久

国威宣揚

どちらも、今では使うことのない言葉。

 
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写真を眺めていると、お祖母ちゃんが横に来た。

「あ、その写真。私のお父さんやわ。夜勤やった時に、会社に焼夷弾来てしもてな。責任感の強い人でな、最後まで逃げんと、他の社員逃がして、焼け死んだわ。死体もなんも残らんほど、焼け焦げた。私ら(他の家族)は紀の川へ飛び込んだから、助かったけどな。和歌山も、ようけ人死んだ。」

この人は。

お祖母ちゃんは、悲惨な話をする雰囲気でなく、淡々と、ただ淡々とそんな話をする。

 

あの時代を生きた人の「死」に対する肝の座りかたを、たびたび目の当たりにして、私は、畏れを感じるときがある。

 

戦争っていうのがどういうものだったのかを、今の自分には想像できないぐらい軽々と「死」の話をする祖母から読み取る。

 

空襲で死んだ祖母の父の話より、私が、この時代の人には違う世界が見えてるんだ、と思い知ったのが、昔聞いた祖母の初めての出産の話だった。

 

私の父には、姉がいた。死産だった。産まれて、一声泣いて、すぐに亡くなったという。

 

「産まれたてやのにな、その子、髪の毛の濃い子やってなあ。それが、忘れられへん」

お祖母ちゃんは、この話も、表情ひとつ変えず、普段のトーンでただ独り言を言うように、話していた。

 

私も、子を産んだことがある。妊娠すると、約280日間、小さな細胞だった受精卵がどんどん身体の中で育ち、動き、臨月も近くなれば、もう一人前の人間がそこに宿っていることをずっしりと全身で感じる。

早く会いたい、赤ちゃんに。10ヶ月も待っているのだ。出産自体は、それはそれはとても痛くて、陣痛などは痛みが激しくて気を失いそうになるけれど、それも赤ちゃんを抱いた、泣き声を聞いた瞬間にすべて忘れてしまうぐらい、大きな未来を感じて苦しみはそのとたんにどうでもよくなる。

 

だけど、その子が亡くなったら。長いこと待って、死ぬほど痛い出産を経てやっと会えた子が、しかも数分で、とか、そんな、そんな事、たえられへんやん普通。

髪の毛、長かったんやで、さっきまでお腹の中で生きててんで。一声しか聞かれへんて、そんなん。なんで、この人は、こんなに、今も平気な顔で生きてられるんやろ。

 

それで、私が思った結論が、先程も書いたように、つまり、戦争を経験した世代の人達の死生観って、もう、全然ちゃうなと。

この人達の生きた時代は、もっとこう、「死」が、そこらじゅうにゴロゴロしていたんやな、と。そう思った。

 

戦争でも、大勢の人が目の前で亡くなったと思う。でも、それ以外にも、時代がそもそも杜撰というか。祖父は祖父で、自分の母親を10代の頃に癌で亡くしている。通院はリヤカーの荷台に母親を乗せて、紀の川を渡って遠い隣町の病院まで通っていたが、戦時中の混乱で、あまり良い医療が受けられず亡くなったらしい。

祖父の姉は、前にも書いたようにサーカスを見に行って、空中ブランコの人が上から落ちてきて、脳に障害を負った後に死んでいる。もう一人の祖父の姉は、近所で海水浴をしているときに溺死した。


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とにかく、祖父母の話を聞くと、ばったばった人が死ぬのだ。

 

そして最後は「あの時代やからねえ」と、事も無げに言う。

 

その価値観は、今の私には絶対わからないものだ。 

 

終戦記念日を8月15日とするかどうかは、諸説あり、そもそも降伏文書に調印したのは9月2日であり、諸外国では第二次世界大戦の終戦は9月3日とするとかいろいろあるらしいが、やはり私は日本人だし、8月15日がそういう日だと、小さい頃からずっと認識してきた。祖父母が玉音放送を聞いた、暑い暑いこの8月の15日。

 

ちなみに、祖母とて、死を軽く見ているわけではない。ただ、身近に死というものがあった人達なのだ。

4年前亡くなった祖父の誕生日には、いまもケーキを買う。仏壇に供えたそのケーキを、しばらくして妹が取り下げにいったら「ちょっと、まだ早すぎるわ。まだおじいちゃん全部食べられてないやん、もう少し置いといたげて」

と言われたことがあるという。

今日の盆踊り、たくさんの提灯の中から、「一発でおじいちゃんのやつ見つけたわ!今日あそこに来てたんやな、見つけて欲しかったんやでな、私に!」

と心底誇らしげに言うお祖母ちゃんは、死者を悼み、今も愛しているんだと思った。


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なお、私の祖父は色白で、なかなか男前であった。
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祖母は、笑ってしまうほどゴツい身体で、全然美人ではない。


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そして、うちの家系で美形になるかどうかは、この祖父の血が何割入っているかによるところがかなり大きく、私ら姉妹は祖母の血9割、ゴツくて肌が黒いよ、ということだけ記しておわりにする。

うちがオオカミになるねん、二人は旅人や

 

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人妻が、美少女との恋愛・肉体関係に溺れ、やがて夫も巻き込み、倒錯した性に溺れる人間模様を描いた物語。日本映画専門チャンネルの録画。

 

暑い暑い、今日みたいな真夏の日は、脳みそが蕩けて、正常じゃなくなる。こんなふうに暑さでやられた精神状態で見ると、更に身体が熱くなるような映画だった。

 

人妻の園子(高瀬春奈)は、関西弁の美少女光子(樋口可南子)と出会い、その行為に夢中になる。ずっと、美しいみっちゃんの顔を眺めていたい、みっちゃんが好き。やがて、嫌がる夫をおしきり、3人での共同生活を始めることに。

 

しかし、若く美しい少女が突然居候してきたのだから、夫は当然少女に劣情を抱く。そして、夫ともなしくずし的に関係を持つ光子。  

 

いつものように、布団をならべて眠る3人。でも、眠れない。私も。俺も。みんなねむれない。

 

そして、光子はある夜こんな提案する。

「なあ、旅人ごっこせえへん?」

「うちがオオカミになるねん、二人は旅人や。」

まず、園子に襲いかかるオオカミ光子。園子は、オオカミに食われた。

次は、夫。またがり、噛み付き、キスをし、そのまま、もつれ合い。それをくやしそうに見ている妻。思わず、二人に近づく。

 

すると、光子は

「何してんの。死体は起き上がったらあかんやろ、はよ、死にや」と冷たく言い放つ。

「私のこと、噛み殺すときは、あっさりだったわね」と悔しそうで、悲しそうな園子。

 

夫と光子が結ばれた古い空き家で、まぐわう光子と園子。ふとしたきっかけで、夫と光子がそこで通じていたことを悟る。捨てないで、お願い、すがり泣く園子。

 

その日の夜、新しい“ごっこ遊び”を提案したのは妻のほうだった。

 

「今夜は警察ごっこしない?」

赤いロープで縛り上げられる夫。問い詰める妻。おとなしく、おだやかだった園子が夫を蹴る、殴る。また殴る。顔を覆う夫。逃げるな、追う光子と園子。

 

なんだこれ、なんだこれ、この感情のもつれ合い。

 

どこに、どのキャラに、自分を置いたらいいんだ。

 

共感も自己投影も難しい、でも、どの気持ちもすごくわかる気もする。そして、そんな3人のやりとりに、興奮する。

 

「人を愛して、その人だけのものでいたいと思っても、そんなん実践できひんわ。」

「男はんの、射精いうのは、どのくらいのもんなんか。(よその夫と結ばれた)うちの身体、喜んでしまいよってん」

やめて!叫ぶ妻。

お互いに問い詰めあう3人。

夫「どんなことを二人でしたのか言ってみろ」

光子「夫婦生活はどうだったのか」

妻「私は、夫が寝入ってから一人でします、みっちゃんとの事を想像しながら」

次々入れ替わる、責める側、責められる側。

そして突如告白される、ある事実。

 

絵画のように美しいシーンも多い。樋口可南子が牛乳を床にぶちまける場面が、私は一番好き。一瞬だけ映る、歪んだ花瓶が印象に残る 。 

 

とにかく、この作品は、樋口可南子が可愛くて、綺麗で、小悪魔で、魅力的。樋口可南子の華奢で骨が浮き出た身体と、肉感的で巨乳な人妻の身体の対比がまた良い。

私はヘテロなので、こんな状態におかれたら、この若くて美しい少女に嫉妬する。

しかし、園子は、夫に嫉妬するのだ。

私の可愛いみっちゃんと、セックスしやがって、と。

わからん、その気持ち、わからんわ、わからんけど、でもどこかでわかってしまう気もする。

私も夫に聞いてみた。もし、私が美少女と浮気したらどうする?と。そんなん、離婚やで、と、ピシャリと言われた。美少女でもなんでも、そんなことしたら、離婚や、と。うん、わかりやすいな、この人は。そしてこわい。

 

ところで、ウィキペディアにこんなん書いてる

妻とのノーマルな愛の生活を望む園子の夫・剛までが、女二人の関係にひきこまれて、異常なセックスのるつぼにのめりこんでいく。レズビアンに始まって、文字通り卍(まんじ)がらみの官能関係に発展、三人の男女は破滅と背中合わせで身を焦がし続ける。

 

から、てっきり3Pするんかと思ってハラハラしながら見ていたんだけど、それは無かった。オオカミと旅人のくだりで、そういうシーンになるのかと身構えたんだが、無かった。良かった。いや、カマトトぶるわけじゃなくて、なんか3Pは苦手で、見たくなかったから。

代わりにあの「警察ごっこ」だもの、こちらのほうが、よっぽど心理的にエロい。

 

あと谷崎潤一郎といえば、阪急夙川駅前のダイエー地階。西宮市の、谷崎潤一郎ゆかりの写真などが飾ってある。あんまり興味なかったけど、こんどまた見てみよう。 

化粧品を買うときは、よく考えよう

感想



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人を裏切るのには体力がいる。

 
しかし、裏切り続けるのは案外容易なのかもしれない。つまり、はじめの一歩を踏み出してしまうまでの葛藤と、その一歩の重みさえ越えてしまえば、あとはもう、あれよあれよと物事が動き始めるのだ。

ちょうど、エアコンの消費電力と同じだ。スイッチをオンにする瞬間が、一番電気代がかかるので、エアコンはつけたり消したりせず、いったん電源を入れたら一日中運転しておくほうが、節約になるのだとかいうあの理屈。
 
チャンネルNecoで映画「紙の月」を見た。
銀行の契約社員である宮沢りえ(既婚者という設定)が、浮気相手の大学生に貢ぐために、銀行の金に手を出す話。
 
夫を裏切ることも、帳簿の誤魔化しも、初めは震えるほどの葛藤と罪悪感であったことだろう。
 
この主人公の初めの一歩はどこからだろう。スイッチがオンになり、モーターが動き始めたのはいつからだろう。200万円の架空手形をきったあの日か。大学生とホテルに行くために、自宅方向へ向かう電車と反対側のホームに降りたあの日か。
 
いや、始まりは、クリニークの化粧品を買うために、足りなかった一万円、その1枚の万札を客からの預金で賄ってしまったあの日だ。
 
しょうもない男に全て捧げ、人生を破滅させた阿呆で哀れな女だと言ってしまえばそれまでだ。
 
ただ、ろくでもないこの大学生の男子は、初めは本当にただ宮沢りえのことが好きで、純粋に恋をしていたと思えた。そう思いたい。
 
しかしお金は、人の心を幸せにして、不安にして、狂わせてゆく。
 
ラスト、小林聡美宮沢りえの対峙シーンが良かった。小林聡美は、真面目一徹みたいなお局銀行員なわけだが、彼女は、宮沢りえの犯罪を知って、取り乱し責めることはしなかった。そして、宮沢りえに「うらやましい」とさえ言った。破滅した目の前の女。これから逮捕され、地獄の待つ女。だけど、だけど。
 
人の心を壊すほどの大金を盗み、好きな男に身も心も金も全部捧げる、そんな痛快なこと、気持ちの良いこと、私には、想像さえ出来なかった、私の出来ないこと、全部あなたはやったんでしょ、その世界を見たんでしょ。
そんな小林聡美の気持ちは、よくわかる。わかってしまう私は、きっと、罪を犯せない人間だ。そう思いたい。
 
それにしても、クリニークのライン買いで一気に四万の会計とか、それもどうなんよと本筋とずれたとこで引っかかってしまった。
一式買うにしても、@コスメとかのクチコミちゃんと調べたのかしら。クリニークは、グロスとマスカラは殿堂入りしていたけど、パウダーならローラメルシエとか、あとはファンデならリキッドでRMKとか、メイクじゃなくて基礎化粧品だったにしても百貨店で買うなら各メーカーの一番売れ筋でちょこちょこ揃えたら良いのに、まあ外回りの営業の帰りに買い物することは私も毎日やってたし、あんまり紙袋をたくさん持って帰るとサボっていたのバレバレで出来ないけどさ。 
紙の月

紙の月

 
宮沢りえの儚げな美しさに、釘付けになる。私の中の儚げ三大美人は、宮沢りえ木村多江石田ゆり子である。

イミテイションティファニー

もう、もうお腹いっぱいです、うえっぷ。

お姫様抱っこ、マノロブラニクの靴、突然のキス、恋より仕事に生きたい勝ち気な主人公(これが一番、古くさいかも)……時代錯誤すぎるその設定と展開は、あえてのことなのだろう。

娘のおもちゃ箱に並べられた、イミテーションの宝石のように、わかりやすい輝きがちりばめられていて、わざとらしくて、安っぽくて。うん、好きだわこれ。

怖いもの見たさでフォローしているツイッターのキラキラ女子達(慶應幼稚舎組。交友関係は就職してからも全て幼稚舎からの人間関係で固められている)アカウントを、煮詰めて、そのエキスを抽出したものに、バブル期の浅野ゆう子やら吉田栄作なんかをトッピングした感じの、濃いような、だけど薄っすーいような、そんなドラマだった。

「せいせいするほど愛してる」(TBS火曜10時)。そもそもこのタイトルがもう、浅野温子が髪をかきあげて出てくる率高めのワードチョイス。金利が7パーセントぐらいあった頃の日本を思わせる。

舞台はティファニー滝沢秀明演じる副社長と武井咲演じる広報の恋、しかも不倫。

実在する会社を扱ったドラマでこの設定、かなり責めている。主人公のライバルも有名ブランドのジミーチュウ広報。

ベタに主人公のヒールが折れて、応急処置で副社長に買ってもらう靴はマノロ。すべて現実に存在するブランドと商品が登場する。

現実に実在しないのは、部下の靴のヒールが折れたときに、ひょいとお姫様抱っこをして16万円の靴を買う上司のほうだ。

何より私がバブルっぽいというか、昭和のにおいにやられたー、となったのは、キラキラ女子三人が小洒落たマンションに共同生活をしているということである。

三人の職業は、ティファニー広報、大手出版社編集、有名モデル。

このうち一人だけでも十分凄いよ、すごいドラマになるよ、貧困女子が溢れかえるこの時代に、ここまで上りつめるだけでドラマになるのに、そこはあっさりスルー。これが幼稚舎のパワーか※慶應の設定はドラマにはありません。

この肩書きの若くて可愛らしい20代女子が集まってワーキャー言いながら共同生活しているシーンは、現実離れを通り越して、桃源郷のような夢の世界。ディズニーランドかここは、というぐらいの輝かしい空間なのである。

あの三人のシーンを見ていると、どうしても昭和の迷作OL三人旅シリーズを思い出して、日頃チャンネルNECOでそんなんばっかり見ている私はもう、武井咲萬田久子にしか見えなくなってくるのだった。

また、芸人の横澤夏子が会社の先輩役で出ており、彼女お得意のいかにもな、わざとらしいOLを演じているので、ここまでやるとティファニーどうなんだろう、って心配にすらなる。まあでも、なぜか旬をちょっとすぎたGENKINGとかも脇役で出でおり、とりあえず詰め込んだんだなあ、というのがわかる。

主人公と同居する編集の女の子は、新進気鋭の若手売れっ子小説家のイケメンになぜかあっさり惚れられてるし、こいつらの人生、チョロすぎやなあ、ほんま私あと何回生まれ変わったらティファニー広報とか大手出版社で働いてまともな給料もらえるんかなあ、とか、思わない、思わない。

こんな時代だし、これぐらいわかりやすいイミテイションでゴテゴテ飾り付けたドラマも楽しいだろう。

私は、昔から偽物の指輪が好きなのだ。

地方のお土産屋さんなんかの軒先に陳列された、プラスチックの宝石達。あれが、大人になった今も好きなのだ。偽物でも、すぐに壊れても、心惹かれる。私の左手の薬指には、ティファニーの本物のマリッジリングが光っているというのに。

ドラマでは、タッキーがこれと同じ指輪をしていて、そして彼はこの指輪に誓った愛に背いてしまう。企業コラボの物語としては、なんちゅう展開や、と思うし、この点だけはリアルに面白いかもしれない。あとは設定こそチープだが、出てくる宝石と高価な靴達は本物に間違いなく、どれも私には縁遠いその美しさは目の保養になる。

とりあえずお腹いっぱいなのと、色々まぶしかったり、なんか悶絶するので、女友達とボロカスにこきおろしながらビール片手に見るのが120%楽しめるかなと、そんなドラマだった。 


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君はエクストリーム痴漢を知っているか

この前久しぶりに一人で夕方ラッシュの大阪環状線に乗った時のことである。乗車区間は京橋から大阪駅まで数分足らずの出来事。
混み合う車内で、真後ろに立っていた男性が、混雑しているとはいえ、顔が私の後頭部にやたら近い気配はすると思っていた。しかし、ごく普通の身なり、むしろサラリーマンの中でも清潔感がありお洒落な装いのその男性に対して、私は全く警戒心などを抱くことはなかった。そもそも自分はもう子供を産んでからは何年も痴漢にあっていない。何かをされる対象外であるつもりでいた。イヤホンで音楽に没頭していたのも、今思うと良くなかったかもしれない。
 
電車は、もうすぐ目的地大阪駅に着こうとしていた。
 
ふと、私は何の気なしに、くるりと振り返ったのだった。すると、そのとき初めて気付いたのだが、明らかにその男性は私の髪の毛に鼻をつけて、くんくんにおいを嗅いでいたのだ。 え?と思った時には、電車は大阪駅に到着。大量の人がドドドーっと乗降する1、2番線環状線内外周りホーム。
 
あれ?この人もしかしてオカシイ人なのか?でも痴漢じゃないよな、どこも触られてないし……。などと怪訝に思いながら、去ってゆくその男性の後ろ姿を注視していると、男性は電車から降り際に、出入口横に立っている女性の尻をむんずと掴んだ!そしてそのまま颯爽と降車、さらにエスカレーターを早歩きでのぼりながら、 また別の女性の尻を触って、風のように改札を出ていったのだった。
 
じっと見ていた私だけが確認できた一連の流れ。すれ違いざまの犯行。スピード感。
 
私は、それをエクストリーム痴漢と、名付けたのだった。
 
帰ってからその話を夫にした。
「その痴漢さ、楽しいんかな、それ。もっとじっくり攻めたいやん、普通。」
なるほど。夫の感想もまた一理ある。確かに、エクストリーム痴漢は、流れるような動きを要する。これでは相手の反応を見られないではないか。
 
あとは、私の髪の毛が嗅がれていたことに関しては、まあ勘違いかもしれないし、たとえもし本当に嗅がれていたにしても、正直頭皮が脂臭かっただろう。自分に関してはくさいから嗅がれていたのかもしれない。現に私は尻を触られていない。
 
しかし、京橋から大阪駅の間は、じっくり尻を触っていては、吊し上げられる恐れが犯人側にはある。そのリスクを回避して女性の髪を嗅ぐだけという行為に走ったとも考えられる。
 
すべての手口が『この人痴漢です』を言わせないように計算されていた。
 
被害者は、何をされたかの判断が、そのスピードに追い付けないのである。エクストリームだ。
 
環状線で痴漢されるのは一度や二度ではないが、触られるときは、もっとずっと触り続けられるし、下半身こすりつけタイプも同じぐらいしつこかった。子供を産んでからは、あまり一人で電車に乗っていなかったので、こうした災難からは逃れることが出来ていたのだ。子連れという記号の大きさを痛感する。
 
今まで一番印象に残っているやつは、自分の局部の写真(チェキで撮られていた)を数枚封筒にいれたものを、鞄に勝手に入れられたことである。不幸の手紙系痴漢とでも名付けよう。
 
よく言われることであるし、私も身をもって体験し実感しているのは、髪の毛の色が暗いほど痴漢に遭う率が高い。
 
髪を黒く染めた、まさにその当日痴漢された時は、お前らほんっと、わかりやすいなあ、クソやなあ、と思った。
 
ブスでもスタイルが悪くても何でも、とにかく大人しそうな、抵抗しなさそうなやつだと思われたらそれでおしまいなのである。ちなみに私の美人の友人は、痴漢に1度もあったことはない。容姿のレベルは関係ないのだ。
 
あとは、薄い黒のタイツも駄目だった。脚を中心にやられた。タイツは、濃い、ごついやつを履くべきだと学んだ。その他、おそらく派手で気の強そうなファッション、個性的な服装の女の子は被害に遭いにくい気はする。
 
エクストリーム痴漢を避ける手段としては、きゃりーぱみゅぱみゅを目指してみるのもひとつなのかもしれない。
 
こうした話には、どうして抵抗しないのか、という批判がつきものである。しかし、私という人間は、痴漢の見極めた通りの人間で、つまり、自分の被害をとてもじゃないけど訴えることのできない、意気地無しなのである。
 
先日も、コンビニで並んでる時に、私の前に二人も割り込んできた人がいた。でも、私は何も言えないでいた。
最初に割り込まれたとき、次に誰かまた順番抜かしてきたら文句を言おう、言おう、とか心の中で思っていたのに。ていうか二人も割り込むとか、そんなことある?!って自分でも思う。なめられやすいオーラを全身から発しているんだろう。
 
そういうとき、さらっと、私の方が先に並んでたんですけどって言えない。言えないまま、どんどん卑屈になる私の心。きっと普通に何でも思っていることを言えたら、態度とかも自然に、嫌味なく伝えられるのだろう。それに、相手や周囲の反応を色々気にしすぎなければ、何でも出来てしまうんだと思う。だけど私は、それが出来ない。
 
だからブラック企業の餌食になる。ネットワークビジネスに引きずり込まれそうになる(これはちゃんと逃げたよ)。痴漢の標的にされる。さんざんである。
 
最後にお役に立てるかわからないが、痴漢されないためのポイントを自分の経験をふまえて言っておくと
 
  • 電車は出入口付近に立たない
  • 優先座席付近の袋小路になっている所にも立たない
  • 電車で眠りこけない
  • 出入口付近で座っていると、降り際の男性に写真を撮られ、そのまま去られたケースもあった。その他座っているときでも身体を触られることは多々ある。座席は安心と思わないこと。
  • 30デニール以下の薄いタイツは履かない
  • 大人しそう、気の弱そうな人間だと思われないようにする
  • イヤホンで音楽に没頭しない
 
あともし、この日記を見て、世の中のエクストリーム痴漢を助長する内容でエクストリーム不適切だとか、実際のエクストリーム痴漢被害者が見たら心の傷が深くなるからエクストリーム不謹慎だとか、その他エクストリーム苦情が来たら、この日記はエクストリーム削除する。

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環状線といえばオレンジ。JRといえばこの113系が好き。
 

まともな母親は髪をピンクにしたりしない

髪を長く伸ばすために、必要不可欠な条件、それは良い美容師さんと出会うことである。
良い美容師というのは、髪を守るためにケアばかりをし、傷んだ髪の箇所を排除するだけの人を指すのではない。
よく巷の美容師が口にする台詞として
「傷んでいるところだけ切っておきますねー」
がある。もちろん、枝毛は取り除かないと、そこから乾燥や縮れがどんどん進むのは理解している。
だが、これから髪を伸ばしたいと申告している客に対してこの判断は本当に正しいのだろうか。
髪は、個人差があるが1ヶ月に約1㎝伸びる。美容院に、2~3ヶ月に1回行くとして、そのたびに傷んでいる所を切られていては、ほぼ永久に同じ長さを行ったり来たりすることになるのだ。それは言い過ぎにしても、3ヶ月でやっと1㎝伸びるぐらいのペースにされてしまう。そうなると、なかなか胸下ロングには到達しない。“胸下ロング”は、ロングヘアを目指す者のひとつの指標ではある。
私の出会った美容師稲森さん(神戸市出身、女性、同級生は少年A)は、なかなか男前な判断をしてくれる人であった。
私は、彼女に初めて担当してもらった日、いつものように「髪は今後も伸ばしていきたい。傷んでいるところだけ切ってください」と先手を打ってオーダーした。頼んでもいないのに、どうせ切られるのだ、毛先は。そういうものなのだ、と。
すると稲森さんは「どうせ傷んでいるのだし、中途半端に切らず、やりたいこと全部やって気のすむまで伸ばしてください」と言ったのだった。初めての提案にびっくりした。
そして、私は決めた。気のすむまで伸ばしたら、ベリーショートにしようと。そして
 
胸下まで伸ばした髪を

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毛先だけピンクに染めて
 
それを切る。
 

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切る。

ここからさらに10㎝ほど切ってベリーショートにした。 
それまでパーマ4回、カラーは覚えてないぐらい繰り返して、ピンクを入れる為にハイブリーチも最後にぶちまけたから、溶ける寸前の毛先。恐ろしく短い前髪にしたりもした。80年代が好きすぎてジャネットジャクソンみたいなパーマをオーダーしたら葉加瀬太郎になったりもした。主人のお母さまが絶句していた。こんだけいじくったら、もう本望だわ。
美のためではなく、むしろ憂さ晴らし。そのオーダーはヘアチェンジというより暴力に近い。それに応えてくれた美容師さん。時に客が求めるものは、単なる美しい髪だけではないこともある。そこを汲んでくれた。そして、よう耐えた私の髪、さよなら、さよなら。

なぜだろう、子育てに悩みに悩むたびに、自分の身体、特に毛をむちゃくちゃにしたくなる衝動に何度もかられた。授乳しながら、自分の眉毛が無くなるまでブチブチ抜く時期もあった。子供を育てるのは、思い通りにいかないことだらけで、気が狂いそうになる日もある。
自傷したいのではない。どちらかといえば、人を驚かせることでストレスを発散していた。何故、そんな髪形にしたの!?と会う人皆にギョッとされる瞬間の爽快感。
 
あれからまた月日が経って、私のベリーショートは今ボブまで伸びた。ごく普通の、何も面白くない髪形。稲森さんは、結婚を機に美容師をやめてしまって、多分私ももう髪をピンクにすることもないだろう。
 
ところで兵庫県には、トライやるウィークっていうのがある。
 
 
子供をそだてるのは、これからも、ずっと続く。それはとても幸せで、難しいこと。