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噛み合わない。


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私は、阪急電車でいうと三駅先のスーパーまでわざわざ電動自転車を走らせ食材を買いにいく。

理由は、身の丈に合わない高級住宅街に住んだものだから、徒歩圏内にある小売店に陳列される商品の価格設定が、軒並み高すぎるからである。
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三駅先の八百屋さんは、ボロボロの店構えに似つかわしくない、大きくて立派なワイドテレビを店内に壁掛けしており、いつもご主人がそれを見ながら仕事をしている。

 

一昨日ピーマンを買いにいくと、八百屋のテレビ画面いっぱいに狩野英孝が大写しになり、“野性の勘が”とか、“大人のお付き合いです”、“プライバシーが”やら“大人のおつきあいが”、とか言ってた。大人のおつきあい、という言葉の連呼に、なんだか恥ずかしくなってそそくさと店を出た。

 

ほったて小屋みたいな店と、最新のテレビと、そこに映し出される狩野英孝と、彼がそこでした発言の数々と、誰が買うのかわからない真っ黒になったバナナの盛られた篭と、全てが噛み合っていない。

異空間だと思った。


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少し前まで、妹がうちに泊まりに来ていた。

 

10歳年下の妹は、私の自慢の妹である。

学生時代は、モデルのアルバイトもしており、社会人になってからもボランティアでショーに出演したりカットモデルなどしていた。

誰が見ても、美人で、スタイルの良い妹は、昔から性格も溌剌としており、小学生の頃は学級委員、中学に入れば生徒会長という、友達が多い子の、まさに王道人生を歩んでいた。

スポーツもよく出来て、長い手足を生かしハイジャンプの選手として小学生の頃から全国大会へ出場もしている。

また私とは違い、頭も良かった妹は、父親の希望通り、父親の母校であり県内では最も歴史のある公立高校に進学した。

ちなみにその高校の先輩は、南方熊楠竹中平蔵である。て、竹中平蔵はあんまりプラスの情報ではないし黙っといた方が良かったか。

その後、推薦で関西の有名私大へ合格。

就職も鮮やかに決めた。

彼女は、メガバンクの総合職の内定を手にしたのだった。その年、三百人近い新入行員の中で女子で総合職に就いたのはたった7人であった。

銀行の、総合職。新入行員として配属されたのは、融資課、あの半沢直樹も所属していた融資課であった。

同じくバンカーだった父親は、性格が破綻していたので、融資課なんて花形には配属されず、池井戸作品の言葉を借りて言うと、変人の集まり臨店班(検査部)というところで仕事をしていた。※もちろん臨店班全員が変人とか花咲舞みたいな正義の味方ばかりだとか言うつもりはないですよ。
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話を妹に戻す。

 

とにかく、私の妹は、美人で明るく頭も性格もよくて、全てが、私とは、真逆、だったのだ。

そして私はそんな妹に嫉妬と憎悪の炎を燃やし……たわけではなかった。

むしろ、彼女が生まれた瞬間から、いや母のお腹にいた頃から、ずっと、可愛くてかわいくて仕方なかったのだった。

 

だって10歳も離れているんだ。

それは「妹以上、自分の産んだ子供未満」そんな感じだった。

妹は、私の言うことは何でも信じたし、何でも聞いた。親とは喧嘩することがあっても、私が宥めると、それにはなぜか従うのであった。

 

とにかく私の言う事は素直に聞く子だったので、彼女が小学生の頃は、私は実にくだらない様々な嘘をついて小さなあの子を困らせていた。

 

様々な嘘のうち、今でも妹から「お姉ちゃんのあれは酷かった」と言われるのは、実は私達姉妹には、一番上に生き別れた兄がいるんだよ、という嘘だ。アルバムにたまたま写っていた赤の他人の男の子を、兄に見立てて話をすすめた。親には言うな、と釘をさした。

言ってるそばから、私はそんな嘘を忘れていたのだが、幼い妹は、ずいぶん長い間その嘘を信じ悩んでいたそうである。

あとは、3歳ぐらいの妹を連れて散歩をしていたとき、「お姉ちゃんは道に迷ってしまった、もう家には帰れないよ」などと言って本気で泣かしたこともあった。

 

いじめていたわけではない。全てが、愛しかったのだ。私みたいなもんを全面的に頼り、信頼する小さな妹が。


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だけど小さな妹は、いつのまにか身長170センチを超え、しかも胸は私がマイナスAカップぐらいしかない逆にえぐれてんちゃうか言うぐらいの貧乳なのに対して、アルファベットで6個分ぐらい先のカップに成長していた。

 

これに関しては、私の以下の持論がある。

「とにかく何でも忘れっぽいお姉ちゃんが、お母さんの腹のなかにおっぱいを2つ忘れたまま産まれてもうて、それをアンタが拾って装着して出てきたんや、せやからそれ半分ぐらい私のんやから返せや」

というものである。 尚この持論は無視され続けている。

 

そんな、何もかも完璧な妹。そして私を慕い、絶対的な信用を置いてくれていた妹。

 

そんな妹に、私の言葉がもう届かなくなったのかな、と少し寂しくもあり、成長を感じたのは、妹が京都大学の彼氏と付き合い始めた頃だった。

 

それまで、何かにつけて私に色んなことを聞いてくれた妹。何の話かは忘れたが、彼女に私が意見を述べたことがあった。そのとき、妹は「でもさ、○○くんは、それは違うって言うてたよ」と言ったのだった。

ショックだった。初めて言い返されたというか、私より信頼したい頼りたい人が現れたんだ、と思った。

 

当然である、京大生の頭脳明晰な彼氏と、かたや嘘つきのあほな姉、どちらを信じてついていくかは、言うまでもない。

 

ただ、もうあの子の一番の存在じゃなくなってんな、と実感した瞬間だったし、寂しいけれど、そんな彼とあの子が出会えたのが嬉しくもあった。

私とは違いリア充な妹なのでもちろん小学生の頃から彼氏はいたけれど、あの京大の男の子は、今までの、どの彼氏とも違ったのだった。

 

お互いの両親に、挨拶も済ませ、正式なプロポーズも受けた妹は、幸せに向かって新しい一歩を踏み出すはずだった。

 
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いつしか、妹は、職場の銀行の人間関係で悩むようになっていた。目立つ容姿の女性は、それだけで、同性の中にいると、その容姿が“無言の攻撃”になることがある、と水島広子先生の本で読んだ気がする。

 

美人は、何の気なしに男性からチヤホヤされる。それを目の当たりにし続ける同性の中には、それが“攻撃”に見える場合もあるという。

 

それが原因かはわからない。とにかく妹は、職場のある人から冷たくされるようになった。仕事でミスをした。

 

こんなときに、結婚したら、結婚に逃げていることになってしまう、と妹は思ったのだと思う。そのあたりはわからない。

知らないうちに、婚約は解消されていた。

そして、冬休みに会ったとき、妹は心療内科から、ある病名を告げられ、会社に行けなくなっていた。

 
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美人でキラキラして明るかった妹は、会話こそするものの、以前のあの子とはすっかり変わってしまっていた。

 

それを一番感じたのは、あの子に誕生日プレゼントとして、ファンデーションとアイシャドウ、シャネルのヘアミスト、いずれも20代の女の子の間では話題の商品を、あげた時だった。

 

「ありがとう。」力なく笑ってそう言った妹だったが、そのファンデーションとアイシャドウ、ヘアミストを、私が実家に帰っている間の5日間、一切封を開けないままだったのである。

 

以前の妹なら、美意識も高く、自分磨きやメイクも大好きだった。というか、若い女の子なら普通はこんなに新しい化粧品、しかもシャネルを貰ったら、喜んで使うはずである。

 

でも、完全に、なんというか覇気の無くなった妹は、メイクもヘアケアもオシャレも、興味を無くした様子だった。

 

このまま、この子、死ぬんちゃうか。

そう思ってしまうほどの、変わり様だった。

 
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それで心配して、私は、阪急沿線の高級住宅街にある我が家へ、あの子を呼んだのだった。このマンションは、大開口の大きな窓が自慢である。

 

表面上元気そうな、妹とは、なかなか核心に迫る話が出来なかった。録画していた『ヤクザと憲法』と戸塚ヨットスクールのドキュメンタリー『平成ジレンマ』を見たりした。

 

結婚さえすれば、幸せになれるから。

とにかく、彼がまだ好きだと言ってくれているんだから、何も考えずに結婚してしまえよ、それで絶対確実にあんたは幸せになれるから!!

 

そう、力強く言えれば良かったのに。

私は、前みたいに、うまいこと嘘をつけなくなっていた。

妹も、もうとっくに、前みたいに小さな泣き虫じゃなくなっていた。でも、きっと心の中はぐちゃぐちゃなのだろうと思った。あの頃みたいに、泣き叫んでも、何もならない、私にはどうすることもできない問題と、一人で戦っていた。

 

お金持ちの男の人と結婚して、専業主婦になりさえすれば、綺麗な家に住んで優雅にママ友達とランチをしてとにかく幸せになれるから何も考えるな、と、キッパリ言い切ることが出来ない私は、中途半端な嘘つきだと思った。

 

大開口が自慢の大きな窓は、この季節になると結露がものすごい。

私は一日に何度、この窓を拭いているかわからない。ちゃんと水気をとらなければ、夫のお母さんが買ってくれた30万円のカーテンにカビが生えてしまうかもしれない。

 

窓のしずくは、拭いても、拭いても、垂れてくる。まるで涙みたいに。

拭いても、拭いても……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメダすぎる珈琲店と数学6点の私

去年の夏頃、実家近くのコーヒー店に行った。
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メニューも内装も、この通りで。長靴のクリームソーダとか。
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シロノワールっぽいのもある。
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このジュースの入れ物も、うん。


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 とにかく、すべてが、コメダすぎた。

 

そういえば、コメダといえば、はてなでのみ話題になった新聞紙のホッチキスだ、と思ってそれも撮ったりしたけど、あとから見返したらホッチキスはホッチキスであの位置にとめる他無く、何の面白みも無い写真だったから消していた。

 

 https://more-news.jp/article/detail/10837

年末のニュースで、ここがこんなことになっているのを知った。

この冬休みにも帰省したので、もういちど店に行ってみると、いかにもな突貫工事で、なんとかコメダ感を無くそうとしていた。

 

「笑えるよな、ほんま」

ホットコーヒーを飲みながら、夫はあきれたような、小馬鹿にしたような態度で、そういった。

笑えるぐらい、バカ。

というこの言葉のニュアンスには、ド田舎でクソださい、という、この土地そのものへの嘲笑も含まれていることを私はよくわかっている。

彼はよくこうして私の実家のある和歌山を嘲る。それは二人の間のネタみたいなもので、私がそれに対して「もー、うるさいなあ」と怒って、ごめんごめんと笑いながら彼があやまるまでが1つのお約束みたいになっている。

夫自身本心で、そこまでバカにしていないにしろ、和歌山を決して好きではないというのも私は知っている。

彼は、淡路島の海を見て「海は良い、老後はこういう場所で暮らしたい」とか言うくせに、海水浴場に程近い私の実家が空き家になっても、あんな所には住みたくない、とキッパリ言うのだった。

そしてまた、私自身もまた、こんな所には住みたくない、と思っているのだった。

 

私が和歌山を出たのは、数学が出来なかったからだ。

 
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国語の偏差値は、まあまあ高かった。校内2位って私すごーい。ていうか高校生の頃の模試の結果なんかよく残してるよな。ミニマリストに卒倒されそう。

 

まあとにかく国語が得意だった。特に作文。小学生のころから私は嫌な子供で“こういう文章を書けば大人が喜ぶ”という型みたいなものをわかっていた。たとえそれが嘘であろうと、書けばほめられた。

あれは小学三年生の頃だと思う。和歌山の青岸エネルギーセンターというゴミ処理場の見学に行ったとき、感想文を書いた。

内容をかいつまんで言えば『粗大ゴミの中にまだ弾けそうなピアノがあって、それが潰されるときに、ピアノが泣いているみたいな音をたてて壊されていった、私達はもっと物を大切にしなければいけない』みたいな主旨の作文であった。

しかし実際はピアノはそんな音をたてていなかった。

誰もそんなシーンを見ていなかった。

ただ、ピアノがゴミ処理場にあったのは覚えている。それで、『泣いたピアノ』なんてわざとらしいタイトルをつけたらなんか社会に問題提起とかできるんでしょ、と思ったのだ。

浅はかな小学生の考えだが、事実世の小学校にはそんな浅はかな小学生の文章を評価してくれる先生が大勢いたのだった。

 

それで高校生になっても当然現国は得意で、古文も現国の読解力の応用でなんとか乗りきったのだが、子供の頃から算数が嫌いだったのが、成長するにつれ壊滅的な状況になり、数学ⅠAはまだ偏差値は40ほどあったのかもしれないが、ⅡBとなると、完全に私の脳みそは崩壊した。 
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200点中、12点である。

100点換算で6点の答案用紙。リアルのび太だ。そもそもマークシートなのに12点って逆にすごくないか?確率を超えたな、私のアホさ。(数学のマークシートって多分組合わせで全部合ってないと点数貰えなかった記憶があるから12点もあり得るのかな)

 

私は、親の期待に応えたかったので、何度も父親から「頭の悪いやつだ、もっと勉強しろ、自分はもっともっと努力した、本当にお前は出来損ないだ」と詰られながらもけなげに数学をがんばってなんとか地元の国立大学を目指したかった。

 

しかし、国立大学に行くならば、五教科を平均値以上とらなければいけないのだ。

五教科で平均値以上……。今も、私は、国立大学に行く学生さん達を心底尊敬している。そして、自分の娘には、そこまでのことを求めるつもりはない。

そのぐらい、国立大学入学というのはスーパーマンでないと実現し得ないことなのだと思っているのだ。

高二の途中まで悪あがきで数学と生物を頑張ってはいたものの、限界を感じ、私学文系に転向した。遅すぎる決断だった。

そこまで国立にこだわることなんてなかったのだ。

なんで、あんな父親のために必死になっていたのだろう私。

 

そんなこんなで、県外Fランクの私大に入学。県外の夫に出会った。結婚した。県外に出た。だいぶざっくり書いた。

 

もし、私が数学の点数も取れていたなら。

国立大学に、和歌山大学に行けていたなら。

そしたら、和歌山の人と付き合って、和歌山で結婚していたかもしれない。

そしたら、コメダすぎる珈琲店が身近にある生活をしていたかもしれない。夫が笑うから喋らなくなった和歌山弁を流暢に話しているかもしれない。

 

……まったく、興味ないな、そっちの未来に。はー、和歌山出て来て良かったわ。数学12点で良かったわ。普通にコメダ珈琲行くわ。

 

ただ、数学を、きちんと理解できる脳みそを持った私なら、知ることができたであろう世界、数学が解るからこそ、見えたであろう世界には、今もとても興味はある。

興味があるけれど脳がついていかないのだ。

 

昨晩娘に読んであげた絵本によると、アルキメデスは全宇宙を埋め尽くす砂粒の数を全て数えても、1のうしろに0が51個以上つかないことを計算したとか書かれていて、凄い壮大なロマンを感じたものだった。

宇宙の砂粒の数て。

アホなん?と思う発想、それを数式できっちり解く方法が、この世には存在するのだ。どんな式になるねん。何から始まるねん。めちゃくちゃ興味は、ある。

 

でも私は正真正銘アホな発想はなんぼでも出来ても、アホはアホどまり。コメダもどきはコメダもどき、なのだった。

 
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40年前のオーブンでクッキー焼いた~《東芝HGR-820》は母の味~

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私、菓子をわりと頻繁に作る。

特に簡単な焼き菓子。マフィン、パウンドケーキ、シフォンケーキ、クッキー、などなど。

そしていつも思うのは「ああ、今回もまた、違うな」ということ。

 

いやべつに海原雄山みたいに至高の焼き菓子を求めて東西新聞の記者と争ってるわけでもなく上手く焼けなかったら菓子を割ることももちろんない。けれど、私が作りたかった味には、決してならないのだ。

 

私が作りたいのは、母が作ってくれたお菓子の味、特にクッキーだ。

同じものを作りたくて、母がいつも使っていた本も、譲り受けた。
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昭和50年発行。
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この時代の料理本って、写真の食器とか食品の盛りつけ、テーブルメイクが今と全然違うから、味わい深いので好きなんだけど、フルカラーじゃないし、字だけのページも多いから、難易度がやや高い。

 

で、同じレシピ本で作っているのに、作っても作ってもなんかこう、私の味は母の作るそれとは違うのだ。


そして、この冬実家に帰ったときに、気づいたのだ。

ひょっとして、レシピではなく作り方、特に使う機械の条件が違うからなのではないか、と。
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実家で、約40年のあいだ、使われ続けている家電がある。
それがこのオーブン、東芝HGR-820だ。

母が嫁に来たときから既にこれがあったらしいので、37年は働き続けているこのオーブン。

 

考えてみると、すごいことなのではないか。

 

いつも実家にいるとき、当たり前のようにこれを母が使っていたので今まで気づかなかったけど、40年近く現役で使われている家電って、やばくないか?

そして、このオーブンが、最終的な味の決め手になっているのかもしれない、そう思ったのだった。
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そこで、私はいつものようにクッキーを作ってみることにした。「いつものように」と書いたが、いつものようにはいかなかったのが、40年前のオーブンであった。後に詳しく書く。

尚、クッキー型は、これまた記憶する限り35年前のもので、母が私によく焼いてくれたクマさんや飛行機などの可愛いプラスチック型を使うことにした。 

幼い頃の私は、このクッキー型を見るだけでも楽しい気持ちになったものだった。母とは、よく一緒にお菓子を作ったな。

父は母にも私にもとにかく怒鳴り付けて、おそろしい存在だったから、私にとっての母は本当に優しくて救いだったし、こうして焼き菓子を二人で作っているときは、甘い香りが家中を包んで、幸せな気持ちになれたものだった。

あと娘が裏返しに着ている黄色のセーターは昔祖母が私に編んでくれたものであり、これまた古くさいことこの上ない。

 

ではさっそく焼いてみる。

 

東芝HGR820、その現在のオーブンとの違い

まず、焼き菓子作りで重要なのは、オーブンの余熱である。

しっかりと余熱しておかなければ、生地内への火の通りに時間がかかり、うまく膨らまなかったり生焼け、焦げの原因になる。それはどんなオーブンでも同じ。

ただ、この昭和のオーブンは、現在では考えられない仕様になっている。それがこの目盛部分。

 
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よくみてほしい、何かが、足りない。

そう、タイマー機能がなのである。

つまり『時計は各自、自己責任で確認しときや、わいは焼くだけやからな!』ということである。

あと、温度設定。

うわ、すっごい、ざっくり。

すごいざっくりしてるやん、六色の暖色系目盛りと七段階の数字がかいてあるけど、厳密に何度か、わからんやん。お菓子作りって、繊細な作業やのに、これは辛い。

 

そして、クッキーを庫内に入れて、はい終わり、あとは15分後また取り出します、というわけにはいかないのが、このオーブンの大きな特徴なのだ。

焼き始めて5分後、中を確認する。


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すると、裏面端にこのような焦げが出来てしまっているのだ。

表面や真ん中は、まだ生白い。すなわち、クッキーを焼き上げるまでに、オーブンの前を離れずに、焼き加減を確認しながら、何度か裏返さなければいけないのである。これはもう、かなりめんどうなことである。


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ここまで焼くのに、2、3分おきに5回ぐらい一枚一枚すべてひっくり返した。

昭和の家電で焼く、昭和の型のクッキー、完成。(不格好な言い訳としては、このプラ型、浅くてそのわりに模様がこまかくて抜きにくいんだもの。)

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もう、食べる前から、わかっていた。

 

ああ、この香りだったな、って。お母さんが焼いてくれたクッキーの香り。部屋中をつつむ、甘い香り。

一口食べてみる。私がSHARPヘルシオで焼くクッキーとどう違うかは、完全にその香りだということを、今回認識した。

おそらく、注意していないと丸焦げになるような火力で、いちいち返しながら焼く作業により、独特の香ばしさが出るのだろう。

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こちら私がいつもお菓子を作るときに使っているヘルシオ。これも9年前の新婚時代に買った物なので、全く最新ではないものの、40年も前のものに比べたら、別次元の便利さを備えている。

 

なぜ40年も前のオーブンを使い続けるのか

もし、これが炊飯器や洗濯機など、毎日使う家電だったら、その不便さには母も耐えられないだろうと思う。

それに、機械の方も365日40年間フル稼働となると、さすがに寿命が来ていたかもしれない。

ところが、これはオーブンなのである。

出番があるのはケーキやクッキー、そしてミートローフを焼くときのみ、年に数回程度なのだ。そうなると、そのときは面倒だなと思っても「まあ、使えるしな」というところに落ちつくのである。特に二人の娘(私と妹)が大きくなるにつれ、母がお菓子を焼く頻度もぐんと減った。いまだに家族の誕生日にはそれぞれにケーキを焼いているらしいけれど。適度に休ませつつ、手入れをしながら適度に働かせ続けていることが、現在もこのオーブンが健在である理由なのだと思った。

 

「ずっとここ(オーブン)の前に立っとかなあかんから、ほんまめんどくさいわー。せやけどこれ、さすが昔の日本製やね、精密というか全然壊れてくれへんから、買い直されへんやないの」そういって、母はよくお菓子を焼きながら苦笑していた。

なるほど、made in Japanって、やっぱすごいんだな。

 

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余談。

娘とクッキーを焼く楽しさは、型抜きというか、抜かれた外側の生地、その形がさまざま違って面白くて、綺麗に抜いた方の生地よりむしろこっちの「側」が楽しみのメインであるかもしれない。

というのも、毎回その「側」の形が違って、これは恐竜に見えるだとか、こっちはゴリラのうんこだとか、ヘビだとか、そういう話をしながら作って食べるのが、楽しいのだ。

 

「美味しい」って気持ちとその記憶は、どこか不思議だ。味そのものにプラスして、そのとき、誰と、もしくは一人で、どんなふうに食べる(飲む)かという、味と全く関係のないところもわりと深く作用する。

私のなかでは、きっと、東芝HGR820で作ったクッキーに勝るクッキーには、出会う事はもう無いような気はしている。

それはとても、幸せなことだと思った。

夢のマイホーム 〜ミサワホームO-Ⅱ型〜

ここ最近、実家に帰るたびに、庭の花や木が減っていくのを感じる。
一昨年咲いた木蓮も、去年の春は見られなかった。20年以上植えられていたアラスカ杉や、バラのアーチはいつの間にか無くなっていた。
母が料理のスパイスによく使っていたガレージ横の月桂樹も葉が変色してきている。
毎年セミが脱け殻をつけるキンモクセイロウバイの木は、かろうじて健在であるが。

この家全体が、そこに住む人間の老いを視覚化している。
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私は、うちの家、この実家のデザインが好きだ。

ミサワホームのO-Ⅱ型。おそらく、日本で一番売れた住宅である。

 
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ミサワホーム公式ホームページから写真を拝借した。これがO-Ⅱ型(※厳密にはこの写真はO型。外灯の丸いライトが型番を表す)という住宅で、五万戸の販売実績があるという。日本全国色んな場所で、今もこの型の住宅を見ることができる。それほど、売れた家なのだった。

 

父は旧帝大を出て銀行に就職し、すぐにこの家を買った。1980年のことで、なんと当時の住宅ローン金利は7.15ほどであったというから、恐ろしい。その分貯金の利子も多かった時代ではあるが、それにしても今のフラット35のような10年税金優遇なども無い時代、当時のサラリーマンの抱えたローンの重さに震えそうになる。

 

ミサワホームO-Ⅱ型は、建物内だけで床面積が43坪もある広めの間取りだ。

一部屋一部屋が大きく、2階に4部屋(うち3つが8畳、1つは6畳)、1階にはリビングと和室がある。そこへ、車2台分の駐車スペースと小さな庭のある家が私の実家だった。

決してお金持ちの豪邸ではない。80年代の堅実なサラリーマンが、こつこつ働いて、建てられる家。手の届く夢。でも、本当に夢があるというか、なんだかワクワクする造りの家で、たとえば3階ロフト部分へのぼる木製の梯子だったり、吹き抜けの階段など、子供のころの私には、それらは、ごっこ遊びの最高の舞台となった。

そして、玄関を開けて真正面に見える大きな柱。この柱の頂部は3階ロフトにまで繋がっていて、まさに「一家の大黒柱」という佇まいだったのだ。 

しかし、この大黒柱、実は中は空洞で、単なる飾りというか、心の拠り所としてデザインされたものだそうで、実際は家屋を物理的に支えているわけではなかったのだ。それを知って少しショックだったが、精神的な意味の大黒柱がある家、というのも、なかなか素敵だな、と今は思うのだった。

 

少し前、父が急に入院することになった。心臓が炎症を起こし、そこに水が溜まったとかで、心膜炎というらしい。

突然その知らせを聞いたとき、色んな思いが頭をよぎった。

 

私は、父が嫌いである。

はよ、死ね、と、何度思ったかわからない。

 

それは父の子育て、特に私に対する勉強面での過剰な叱責により、人格を否定され続けた結果当然の心理であると言える。

阪大出身の父は、私にも同じ勉学の才を期待し、それを私は答案用紙で裏切り続けた。テストで悪い点を取るたびに露骨に失望を露にし、大きな声で私を怒鳴りつけた。

親の期待にそえなかったという経験の積み重ねが、どんどん私自身の自己肯定感を奪っていった。

結果、こうして何事にも消極的で、自分に自信のない私がいるわけだ。

自分に子供ができて、尚更父が昔私にとった行動を許せなくなった。どうして、こんな大切な存在に対して、そんな酷い言葉を投げつけられたのか?その想いをいっそう強くした。

 

私は、父とは違う方法で、真逆の方法で子育てをする。この子の努力を、絶対に否定したりしない。そうして、この子を一人前に育て上げるんだ、見てろよクソ親父。

父は本当に勝手な人間で、自分がどれだけ私に酷い事を言ってきたか全く忘れた様子で、結婚して和歌山を離れた私にしょうもないことで電話やメールをよこす。

私は、父からの電話にはあまり出ないことにしていた。メールも、ほとんど返していない。

 

『庭の月下美人が咲きました。とても綺麗です』

こんなメールが来たこともある。白く美しい花の画像が添付されていた。

無視した。何年に一度しか咲かない?知ったことか。

秋ごろ何度も何度も電話が来るので何事かと思って出てみたら『伊勢海老が串本で美味しい季節になったら、皆で行こら』とのことであった。

うちの娘はエビが嫌いだ。どうして父の感覚はこうもズレているのか。

そう思っていた矢先のこと。

久しぶりに電話をした声は、弱々しくて、聞き取れないほどだった。

 

今まで聞いた事のないような、振り絞るような、か細い声。

もう、私を怒鳴りつけたあの声ではなかった。

あれだけ人を傷つけておいて。そのことの重みもわからないまま、また、勝手に、今度は死のうとするのか。このまま居なくなるのか。どこまで勝手なんだ、この人は。本当に、勝手すぎる。
腹立たしく、そして、涙が、止まらなかった。

 
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その後、早い段階で入院出来たこともあり、幸い父は回復した。
いまはまた、相変わらず勝手でうるさい。

伊勢海老の季節は過ぎようとしている。月下美人の鉢植えは、この家から消えた。そしていずれ、父もいなくなる日が来る。そんな日なんて来ないと思っていたけど、そうじゃなかったことに気付いてしまった。

だから、もうあと何回帰るかわからないけど、この家と、父と過ごす時間、もう少しだけ大切にしてみてもいいかな、と、最近は、思う。

 

あと、マンションに住んでみて、今は戸建てよりマンションが断然良いと思っている。花の世話も玄関の掃除もセールスマンを追い払うのも全部管理会社がやってくれるのだ。

確かにマンションは管理費の積み立てという問題もあるが、実家は築36年のうち、今まで三度の外壁、屋根工事と一度大きなリフォームをして合計一千万程の支出があったので、出ていくお金だけ見ればトントン。むしろ地価の高い都市部駅前マンションのほうが30年後の資産価値はずっと高い。まあ、阪神地域のマンションと大阪まで一時間以上かかる田舎の戸建てなんて、比べても意味はないのだけど。

 

ミサワホームのO型など一見してわかりにくい型番の違いは、外灯で表されていて、それも面白いなと思う。実家はO−Ⅱ型だから、アルファベットのOを表す丸いライトの上に、二羽の鳩が乗っている。Ⅱ型だから二羽の鳩。このシリーズで、Aの形の外灯もあるし、鳩の数が違うバージョンもある。本来の外灯の役割プラス、斬新な用途を発想をしたなと感心する。

あと最近ミサワホームで面白いと思ったのはこのミッフィーちゃんの使い方。

 

 https://togetter.com/li/1069706

内装見本じゃ無いだろうよこんなに真っ黒なのに、とは思ったけど(どなたかがツッコんでましたが)まあ、こう言う話題になるような遊び心のある素材見本はいいセンスだなあって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

顔のわりに小さな胸問題、ついに決着か

ミスチルのヒカリノアトリエを買った。

  

ヒカリノアトリエ

ヒカリノアトリエ

 

 

 

うちには、ミスチルは全シングル、アルバム、ツアーDVDが揃ってあって、ライブは今まで5回見に行っていて、それなりにファンであるのだけど、このヒカリノアトリエに関しては、感想は、まあ、普通やな、って感じだった。うん、普通。

Mr.Childrenで一番好きな曲を1曲選べと言われたら悩むけど、これだけでは絶対ないよな、ベスト20にも入らないよな、と思った。けなしているわけではない。

 

しかしこのCDヒカリノアトリエは良かった。Mr.Childrenファンなら、必聴の1枚であると思った。

なぜなら、長年、ミスチルファンのみならず、多くの人々の間で議論の的になってきた『顔のわりに小さな胸』問題に、桜井さん自らが切り込んだトークが収録されているのである。トラック8のover弾き語りで、そのなぞが、ついに、あかされるのだ……!

 

そもそも、顔のわりに小さな胸問題というのはなんであるかと言えば、アルバムアトミックハートに収録された「over」の歌詞に出てくる女の子の描写にある。

歌詞の主人公は、彼女に心変わりされてフラレた男性。その人が、彼女を思い出して悲しみを唄う歌。

軽やかで明るいメロディーにのせて、悲しい現実をうたう手法をとったのは、桜井さんいわく、ギルバートオサリバンのアローンアゲインを意識したとのこと。


Gilbert O'Sullivan - Alone Again (Naturally)

ちなみにアローンアゲインの歌詞は、嫁が結婚式当日に逃げるわ、親が死ぬわ、自殺を匂わせるわ、もう超絶鬱展開なのに、メロディーがとてつもなく優しくて穏やかで、湖畔でピクニックかなんかしてる曲かと思ったのに和訳を知ってショックで恐怖すら感じた。

 

で、ミスチルoverの歌詞、長年大きな謎とされてきた女性の特徴が『顔のわりに小さな胸』なんです。

顔のわりに小さな胸。かおのわりに……

ってどんな顔やねん、どんな胸やねん!

 

「桜井さんは、顔を見ただけで、女性のカップ数がわかるんですか?って聞かれたこともある(笑)」と、このCDでの語りでご本人も仰るように、ほんと謎。

で、その歌詞について、桜井さんが語り始めたのです、これは聞かなければ。

 

「僕だってね、パッチリ二重瞼にうまれたかったよ、だって一重よりさ、二重瞼のほうが一般的には立場は上でしょ。でね、怒らないでほしいんだけどね、胸も、小さいより、大きな方がポイント高いでしょ、怒んないでね……あはは」

「まあ、だから、セールスポイント低い胸でもね、そのままを愛していたんだよ、なぜなら世界でひとつの胸ってことでね。(会場内ここで拍手が起きる)」

 

いやいや、ようわからん、どういうこと?何の拍手?

 

「なぜこんな歌詞になったかは、不徳のいたすところ。今だったらもっと、的確な表現にしていました」

 

なんじゃそりゃー。結局わからんやないかいっ。

 

でも、ええねん、overの歌詞は、これでええねん。

顔のわりに小さな胸。うん、わからんけどなんとなくわかるよ。わけのわからなさも含めoverの良さだな、と思うわけでした。

本当に私はどの曲も桜井さんの歌詞が好きで、例えば「隔たり」ではコンドームをあんなに純粋でロマンチックな曲にしてしまえたり、「タガタメ」ではあからさまに反戦を叫ばずとも、そういう意図を受け止められる深い言葉で聴く人の心に戦争の是非を訴えたりだとか、どの表現がどんなに素晴らしく素敵で好きかをいちいち書いてたらきりがないんだけど、このoverに関してはまた違う意味で私のお気に入りの詩だと思っている。

 

ちなみに、この歌を聴くと、いつも思い出すのは、大学時代可愛がっていた後輩の男の子に言われた「みきみや先輩は、おっぱいさえ大きければ、100点やと思いますよ!」という言葉。

私の小さな胸は、100点から何点分減点されたのかは、知るよしもない。

あと、桜井さんは、パッチリ二重瞼じゃなくて今のタレ目がめちゃくちゃかっこ良いのです。
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小学校受験の話をしたかった

昨晩は、妹とずっとLINEをしていた。約一時間、ほぼ途切れることなくメッセージやら写真を送り合っていた。もうそこまでやりとりが長くなると、いっそ通話すれば良かったのに、かたくなに文字で通したのは何の意地なのか。

 

話題は、阪神間の私立と国立小学受験……、という真面目なところから始まったのだが、そこからお互いの通っていた公立中学の話になった。そして、コアラのマーチに似た先生が居たという件で、異様に盛り上がってしまったのだった。

 

私は文字を打ち間違えたわけではない。

コアラじゃなくて、本当にコアラのマーチにそっくりな先生がいたのだ。あのお菓子の。というのも、ご本人がまず自分でそう仰っていたのだ。そして、マジで現存する人類の中では最もコアラのマーチに近いヒト科のヒトだと断言できた。鼻がでかいとか、そういうコアラ的な特徴はいっさいなくて、でも、コアラのマーチ的な空気感はかなりのものだった。

 

けど、そんな人がいたことはすっかり忘れていた。中学の記憶は、楽しくないことが殆どを占めていたから。

 

だから消し去られていたのだ、私の中では一切合切。でも、急に脳みその隙間に挟まっていたコアラのマーチがぽんとさっき転がり出てきたのである。妹が、卒アルからわざわざコアラのマーチ先生の写真を写メしてくるたびに、一人で涙がでるぐらい笑っていた。

 

ここまで書いて、私は身バレを恐れている。というのも、あれほどコアラのマーチに似た先生がいる中学校は、全国を探しても我が母校だけのはずである。そうなると、過去の記事と照らし合わせてあれ、こいつもしかして?……とかならないか。コアラのマーチには興味があっても、誰も私には興味がないだろうから。

あれ。長々書いた後、いま我に返ったが、これは他人が聞いたら、それのどこがおもろいねん案件だ。自分でも何故泣くほど笑っていたのか皆目不明である。でも、楽しくない私の中学時代の思い出は、少しだけ愉快なものになった。

 

 

秘密の旅


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先日一緒に旅行したママ友は

「芦屋って山ばっかりやん。だけど私、神戸育ちやし、※夏のあいだはずっと海を見ていたいから、海辺の別荘を借りることにしてん。いや買わへんよ、そんなお金あらへんわ」などとサラリと言う、開業医の奥様だけど
※芦屋にも海はあるし神戸も山はありますがあくまでも彼女の観測範囲
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底が見えるほど透き通った海をみて「うわ、深い!こわい!キンタマがひゅんってなる」と叫ぶような人で。

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神社では「すごいデカいのがある!」とか言いながら、何とかして祠の中に祀られた男根を模した御神体をカメラに納めようとするような人で。

 
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こういう路地があると、わざと遠回りして道に迷ってしまうような、そんな私の変な性格と気持ち悪さをよく理解してくれる人で。

一緒にいると、楽しくて仕方ない。


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たんたんたぬきのキン……


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貸切の温泉でカメラを向ける私に、あっさり「別にえーよ」と裸体を撮らせてくれた。色んな話をしてくれた。

 

けれど私は、彼女に自分の全部は晒せなかった。おっぱいもあそこも、そして心の中も、汚い部分はひたすら隠した。

本当は、本当に、彼女が好きで、もちろん信頼もしているから、何もかも話してしまいたい衝動にかられた。でも、言わなかった。

 

信じていないからじゃない。

相手を信頼しているからって、自分の全部を晒すのは、エゴだと私は思うから。

 

結局信頼とは甘えだ。どんな告白をしても、相手が受け止めてくれるというのは、信頼しているというより、相手にそうであってほしいと甘えているのである。

自分はスッキリ告白して、相手に秘密をおしつけて、これからも変わらず私を好きでいてね、と言うのはとても勝手な理屈だ。

 
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けど、反対に、彼女の過去なんかを話して貰えて、私はとても嬉しかった。この人は私を信じてくれている。 今までも好きだった彼女を、もっと好きになった。

なのに私は、自分を全ては見せられない。本当に素敵な友達、知的で美しい人。絶対なくしたくないから。嫌われるのが怖いから。

 

いつかお婆ちゃんになっても、ずっと仲良しでいられますように。そのとき打ち明けよう、この前言えなかったこと。