非公開日記のVさんへ

先日のノーベル文学賞の日記にコメントをしようと何度も試みているのですが、ここ最近ずっとはてなブログ(アプリ?)の調子が悪く、何度やっても再試行になります。

スターも、押したり押せなかったり、ずっと不具合が出ている状態。

 

それで、日記にコメントを書けませんでした。ここに、それを写そうとも思いました。でも、お互いにプライベートな内容になるので、やめておくことにしました。とても、書きたいことがあったのですが。

 

ただ、私も、よくわかります、と、これだけ今はお伝えしたいです。

P●Aってなんですか

競馬場にいってきた。


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ゲートでチケットを見せたら、もぎりのお姉さんに

「みきちゃん、今日来ると思たで」

と、声をかけられた。

私はレースの常連客なので顔を覚えられているのだ。

 

せやねん、わし、今日のレースに人生かけとるんや、ほな一発当ててくるわ~!」

 

……とは言ってないし、競馬の常連客なのも嘘だ。

けれど、チケットもぎりのお姉さんが私に声をかけてきたのは事実だ。

なぜなら、阪神競馬場窓口で赤い帽子のコスチュームを着ている女性のうち2人は、私のママ友なのである。

 

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競馬場はとても明るく綺麗な、ファミリー向けの施設だ。

結婚して兵庫県民になるまで、競馬場に行ったことはなかった。

実際に行く前は、もっとこういうオッサンしか居ないと思ってたのだけれど。
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JRAで売っている赤いペンを耳にさし、競馬新聞片手にぼやいてるっていう。
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確かに、こういうオッサンもいるんだけど、阪神競馬場には芝生や大きな公園もあって、とにかく清潔で授乳室まであり、つまり子連れにもじゅうぶん楽しめる施設なのだ。
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そして何より馬がいる。

パドックを悠々と歩く馬は、とても美しい。初めて目の前で馬を見たとき、実際に見もしないで、競馬に悪いイメージを持っていてごめんなさい、と思った。

艶やかな毛並み、隆々とした筋肉の馬が躍動する姿を見られるだけで、競馬場に行く価値はある。

動物園の動物達は、全力では走れないから。

だったら馬の写真撮れよって話なんだけどね。
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今日の私の目的は、関西蚤の市、これなのだった。(写真横になっちゃった、ごめんなさい、首を傾けてご覧下さい)

私、お料理好きの、食器好きなのである。

「今日来ると思ったで」の理由は、そういうわけだ。


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会場マップ貼っておきますね、ひっくり返っててごめんなさい、どうせ終了したイベントのマップだからいいでしょう。

かなり広範囲にたくさんのお店が出店されていることさえ伝われば。(前々からアップロードした写真が横向いたりひっくり返ることが多くて、なんやねんこの現象腹立つ。)


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なんか掘り出し物あればいいなあ、って、思ってたのです。

……が、数分後、手にした皿の値段を見た私がこちら↓
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いや、普段300円ぐらいの食器買う人間が行くとこちゃうわ。
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なんしか、全体的にオシャレ空間で、びっくりした。一眼レフを持った女子がわんさかいた。確かにインスタ映えは、間違いないと思った。

なめてました、完全に蚤の市なめてた。

まず、どこから沸いてきたのかわからんぐらいオシャレな、意識高そうな親子を大量に見た。

こんなん。

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この日は温かかったので、カーディガンを羽織るだけの人も多かったのだが、その中でもこのロングカーデ&ガウチョパンツ、そしてベレー帽ってコーデ、何億回見たか。

ちなみに私個人は、大人でもトイレで難儀するガウチョを、低学年以下の女の子に履かせるつもりはない。

ぜーーーーーーーーーーーったい、トイレの床に裾をこすりつけてくるの、わかりきってるもん。ノロウイルスとか貰ってくるの、目に見えてるから。

 

あとな、アンティーク、言うたら中古の食器やん、衛生的にも強度もどうなん?とか、そんなん言い出したらキリないし、もっとお手頃やと思ってて。もちろん新品も売ってるんやけどね、もうね、端的に言って、正直私には高かった。


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帰る頃には金銭感覚が完全に麻痺していて、二千円の皿が安いな、と思えるようになっていた。
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もちろん安いのもたくさんあったよ
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まあ、目の保養には十分だった。食器も客層も、オシャレで見ていて楽しかった。

 
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だいたいさ、使い古しの「取っ手」売ってるのを見たの、私、これ西成のドロボウ市場以来やで。なんつーか、すごいテンション上がった!

 

同じ物を売っているのに、新世界や西成と全然違って見えることに、テンション上がった。

これな。
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「オラアアアア!差せ、そこじゃああああ、差せえええええ!!!!」

 

とか怒鳴って叫んでいるオッサンが、このアンティーク食器の値段見たら、なんて言うんやろとか思った。
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「差せー!」の横の広場でこんなオシャレな、ヨーロッパのストリートみたいな。
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叫ぶオッサン達のゾーンは、ちなみに上の写真奥の建物の前あたり、ゴールのド真ん前。ここらへん↓
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そこから少し離れただけで、このオシャレな古書
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ちなみにこの日、競馬場で買った大スポの記事一部。
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……あのさあ。

つい先日、私も来年度のPTA三役選挙行ってきたんやけどさあ……。やめてくれるかなこういうの。ほんま何でもエロの世界になるねんな。

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↑くちなおしに、インスタばえしそうな画像貼っておきますね。
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結局私、この日何にも買わなかった。

なぜなら、夫にも言われたのだけど

「奈良のおじいちゃんの家の蔵、あそこにいっぱい同じような食器とか古い本あるよなあ」って思ったから。

例えば上で4,000円で売られているカメラもつい最近実家の物置で見つけたし、奈良の蔵にはそれこそ古い食器や本がわんさかあるのだ。

 

 

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この黒い箱と上の皿は、江戸時代のもの。箱は祝いの菓子を入れていたもので、皿は魚料理用だったと祖父から聞いた。このカメラは、いらんから、どなたかに差し上げようと思っている。4千円で売れるとも思えない。


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この本は昔の辞書らしい。あとほかにも似たようなのが数巻ある。

まったく商売するつもりはないので、誰か本当に欲しい人に無料でさしあげたいのだが、なかなかそういう場所がない。

蚤の市は、なんか、そういうアンティーク的なものの敷居を無駄に上げてるんじゃないの、と思ってしまった。

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この2つの世界の中間ぐらいの蚤の市、希望。



 

テレビ画面を写真に撮るバカってどう思いますか


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 ああちょいと、そこのきみ。

 きみ、写真を撮るのは好きかね。そうか、好きか。どんな写真を?なるほど、心のままに風景を切り取る……よし、わかった。きみは大林宜彦監督の映画を見るべきだ。

 

 普段写真を撮る人なら、大林作品を鑑賞すると、必ずその一場面ごとの美しさに心を奪われてしまうだろう。そして、こう強く思うはずだ。

 「この世界に入り込んで、シャッターを切りたい…!」と。

 

16㎜カメラが記録する私小説「廃市」

  まずはこちら「廃市」。古い歴史を持った小さな運河の町が舞台。

 

  もうね、いきなり美麗、綺麗。いきなり写真とりたい。撮りまくりたい。

 作品が始まって、のっけからそこに描かれる世界の美しさに、あほみたいにテレビ画面の写真を撮っていた。

 表題の「バカ」とは、まぎれもない私のことである。だが一度この映画を見た人なら、観客は「バカ」になってしまうおそれがある。それほどこの作品は柳川の魅力を情緒たっぷりに、これでもかというほど映し出している。……魅力?ちょっと違うな、終わりゆく、ゆるやかに廃れ行く街の儚い輝き、というか。

 私は最近兵庫県立美術館小磯良平の絵画を見たのだが、その構図や光の加減がどこかこの映画に似ていると思った。流れる川の音、水の煌めき、夏の空気を感じてほしい一作。

  ただ、あえて言わせてもらうと、ストーリーは個人的にあんまり面白くなかったかな。面白くないのに、こんなブログ書いてわざわざ誉めたくなるぐらい映像が美しいってことです、はい。

 1983年、大林のスタッフ全員が偶然二週間の夏休みが取れ、その期間を使い小さな16mmカメラ柳川に持ち込み、スタッフも小規模の編成で、 大林念願の福永作品を撮影した[1]。設定は架空の街であるが、撮影は福岡県柳川市で全編オールロケされている[2]。原作の持つ私小説的な雰囲気を出すために16mmカメラで撮影した。

廃市 - Wikipedia

 

 制作経緯も、素敵だなあ、と思う。

 

 続いてご紹介したいのは、こちら

これぞ “本物” のアイドル映画「HOUSE」

HOUSE ハウス[東宝DVD名作セレクション]

HOUSE ハウス[東宝DVD名作セレクション]

 

  こちら「HOUSE」は、廃市とは打って変わったホラーコメディ。小磯良平感はゼロ。しかし、この作品もまた、アート。絵になるのだ。


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まず女優陣が美しい。白髪の南田洋子。怪しげな洋館の主。

 

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ヒロインは池上季実子。か、かわいい。めちゃくちゃかわいい。

 
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そうそう、妖艶で可憐な鰐淵晴子さんも忘れてはならない。こちらのシーンは蜷川実花のフォトグラフのような極彩色のあでやかさである。 


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 そして、なんといってもHouseで最もキュートなのはこの人神保美喜

 カンフーの使い手という謎設定により、常にホットパンツ姿で、ややムチッとしたおみ足を挙げながら、事あるごとに回し蹴りをかましまくる。

 健康的な色気をふりまく愛すべきキャラクターで第二の主役といっても過言ではないのだが、ラストのこのシーンで、首がちょん切れて飛んでゆく。←は?

 なんという滅茶苦茶な展開、そしてこの背景の顔びっしりイラスト、唐突に何?!なんなん、こわい。怖いけど何故かお洒落なのだ。

 その他ピアノの蓋に挟まれた指が切断されたり、どこからか噴き出した血の海に流されたり、枚挙に暇がないほどグロいといえばそうなのだが、常にどこか笑えてしまう不思議な演出と、ポップでキュートな女の子たち。そうそう、大場久美子さんも出てた、もちろん可愛い。

 

 いずれの女優さんも2017年現在、尚も美しさを湛え続ける美熟女女優である。私がこれぞ本物のアイドル映画だ、と評した理由はそこなのだ。

 何を持って本物とするか、それは30数年のちの変わらぬ美しさである。

 非常に直接的な言い方をすれば「お直しをしていないこと」、もっとはっきり言うと整形してないこと。今のアイドルみたいに黒目カラコンもアイプチもプロテーゼもない、ガチの美少女素材勝負、これが一番この映画で際立っているところかもしれない。

 

追記:この古い汚いカメラ、誰かいりませんか
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何色でもいい、私たちは繋がってる。 ~糸にまつわるJポップ~

 その人の日記は、決まったメンバーにだけ公開される限定記事である。

 そして、私は、その人の日記を読ませてもらうことのできる読者のひとりだ。その日記には数名の読者がいて、いつもコメント欄には同じアイコンが並ぶ。

 私は勝手にその人たちを友のように思っていて、いやきっと皆さんそう感じているのではないか、という、不思議な感情をもって、その方の日記を読んでいる。

 

 今日更新のあった内容で、その人は、私たちは「青い糸」でつながる関係だ、と書かれていた。青い糸とは、Wi-Fiの登場する前、インターネットと端末をつなぐ青いLANケーブルのこと。とても、面白くて、素敵な表現だなあと思った。

 

 その方は、運命とか、赤い糸という表現をあえて今まで使ってこなかったとも書かれていた。たしかに、言葉にするとなんだか仰々しい。

 例えば「運命の人」という表現、これはいかにも恋愛真っ最中ハッピー、といったニュアンスを含むことが多い。

 しかし、ある時、なに気なく見ていた女性誌星占いのページにこんなことが書かれていたのを私は思い出した。

『運命の人というのは、白馬に乗った王子様ではなく、あなたが気づけばいつも心に描き、あなたの日常の行動を変えてしまう人を言うのです。つまり、その人の存在で行動が決まる、イコール、未来と運命も変わってくるということ。それは必ずしも結ばれる相手とは限りません。しかし、あなたの行動の動機付けと未来を変える力のある人を、運命の人というのです』

みたいな、内容。

 正直、星占いなんて、余多記事である。片手間に読む暇つぶし。

 でも、私はこの「運命の人」の定義に、とても感銘をうけたのだった。誰かを思って行動する、それこそが運命を決めていることに違いないのだと。

 
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 ふたたび話を赤い糸、青い糸に戻す。

 先日、私がその人の日記コメントで紹介したのが手嶌葵の「赤い糸」だった。他にも、人と人とをつなぐ糸を表現する好きな歌がいくつかある。スピッツの「夜を駆ける」もそう。

 この歌は、イントロのピアノからしてもう、しびれるので、まずイントロだけでも聴いてもらいたい。そして私がすごく好きな歌詞の部分が

 

「似てない僕らは細い糸で繋がっている よくある赤いやつじゃなく」

という表現。

 

 よくある赤いやつじゃなく。

 しかも、『似てない』僕ら。

 


spitz - 夜を驅ける (live)...

 

 何もかもすごく儚い感じがする。とても切ない、でも、二人の強い結びつきを思わせる一曲で、聞いていて胸がしめつけられるような思いがする。

 

 ただ、世の中は色んな人間関係があって、赤い糸、太くしっかり結びついたものばかりじゃない。

 

 絡まったりもするし、浅く遠い結び付きが、逆に心地よかったり。それでも、繋がれたことが、すべて奇跡で運命だと私は思いたい。

 女性シンガーAimerの「蝶々結び」の歌詞、https://sp.uta-net.com/song/212623/

二人は「結ばれたんじゃなく結んだんだ」というのも私は好きだ。受動的ではない関係性の強さを感じる。

 最後は、やはりこの歌で締めくくるとしよう。http://j-lyric.net/artist/a000701/l0000fa.html

 

VIさんの思い出の曲であり、私の大好きな中島みゆきの「糸」。

 

舞の海を知らない子供たち

 だいたいこの辺で子供が髪を切るとなると西宮北口のこことか

尼崎つかしんのここ
あとは神戸アンパンマンミュージアムの床屋なんか子供が喜ぶ
 
 週末のお泊まり会に向け(髪が長いと一人で拭けないから)、散髪にいかせる予定が、子供や私の体調が崩れ、気づけばもう時間がない。
 
 とにかく今日中に、髪を切るのだ。
 
 しかも午後から雨が降る予報。夫は出張中。足は電動自転車のみ。数時間で決着をつけなくては。どうする私。

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 まず初めに行った私の行き付けの美容室では、予約で満席だと断られた。
子供の頭のことなんだし、1000円カットでもどこでも良いのだが、それが近所にはない。
 
 そして自転車でウロウロしていたら、目に飛び込んできたのがこのレトロな床屋さんであった。

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 こういう椅子の床屋さん、何十年ぶりかに見た。
 
 ハサミのケース、顔そり用ブラシの陳列、丸いライト、アイパーの張り紙。
 子供のカット、やってますか?と聞いてみた。最近切ってないけど、ええよ、とのこと。
 
 すんごいモジャモジャ腕毛の、コワモテ床屋さん登場。
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「おじょうちゃん、何歳?(おっちゃん真顔で聞く)」
「………5さい。(娘めっちゃ小声。おびえてる。)」
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なあ、ママ、ちょっとこわいねんけど……。消え入りそうな声で私の方を見つめ、つぶやく。

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「大丈夫(そのおっちゃん、全然ニコニコしてくれへんけど、腕の毛ぇもっじゃもじゃやけど、おっちゃんも久々の小さいお客さんに、ちょっとだけ戸惑ってはるだけやから)」括弧内を目で伝える。
 娘に伝わってるのかは知らん。
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(ほら、見てみ。こんな昭和チックな、普段使ってなさそうなケープを、店の奥からわざわざ探しだして来てくれたやん)
括弧内を目で伝える私。
 娘に伝わってるのかは知らん。

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  長い沈黙。気まずいその空気をなんとか打破したかったのは、おっちゃんとて同じだった。
 
 何か、共通の話題は無いものか。5歳の幼女と、60代(推定)のおっちゃんの、共通話題……。おっちゃん、テレビに目をやりながら、一生懸命考えた。そして捻りだした答えは
 
「おじょうちゃん、舞の海って、知ってるか」
 
どーん。
 
娘「(えっ……)……しらん。」
 
おっちゃん「そうか……」チョキチョキ。
 
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 おっちゃん、そら、知らんで。5歳児、舞の海しらんで。なんぼテレビでたまたま流れてたからって、それはないで、と思いながらも、おっちゃんなりに最大限5歳女性に気を遣いながら髪を切ってくれているのがよくわかったし、なんだか申し訳ないような、でもおもろいな、と思った。そんな夏の日。


 
 

誕生日なんです

 もともと、余裕なんかない。スペック低いくせに。搭載するエンジンはポンコツなくせに。

 そんなに重いものを抱えたら、すぐに音をあげて、途中で投げ出したくなるのはわかっているのに。

 なのに私はバカだから、どうしても欲しくて、手を出さずにはいられなかった。結婚も、出産も。

 案の定、重圧にひいひい言いながら、あまりにも大切な存在を手に入れてしまったものだから、投げ出すこともできず、その大切さゆえの重さをずっしり感じながら日々を暮らしている。

 さらに最近は、「友人が苦しんでいるから元気にしたい」とか、そんなことさえ欲してしまう自分がいて、底なしのこの欲求、いろんな愛を欲しがる自分に、あきれるばかりである。

 何度も書いたが、私は父から精神的に虐待されて育った。それで、自分は基本的に何をしても認められないし失敗するし、駄目な人間だと長い年月をかけて、じっくりと思い込まされてきた。……思い込まされ? 事実、私は何をしても失敗ばかりのヘタレではないか。

 何に対しても自信がない。愛されている自信がない。

 基本的にみんなが私に苛々していて、きっと突然怒鳴ったり、死ねとかいうんだろう、などと思ってしまう。

 ずっと身近な人にいじめられてきたものだから、脳みそが変なカタチになってしまっているのだ。そういう卑屈な考え方を、すぐにしてしまう歪んだカタチに。

 そういうわけで、誰かに必要とされたり、感謝されたり、とにかくどういうかたちであれ「認めてくれた」という喜び、「愛されている」という幸せに、私はめっぽう弱い。

 そしてその「喜び」欲しさをこじらせて、心の弱っている友達に必要とされる快感、相手からの特別な感情、それらを得たいがために、私はあの人に手を差し伸べようとするのかもしれない……などと、自分の善意と愛情さえ疑いたくなるのだった。だって、悪趣味じゃないか?私は結婚していて、幸せで子供もいて、それなのに、全然違う立場から、友人を助けたい、とか。承認欲求の塊なのか、それとも考えすぎの自意識モンスターなのか。どちらにせよ、これが本当に全部父のせいなのかもわからないし、やっぱり私が根本的に悪いのかもしれない。

 そんな私には、この文章がとても刺さる。 

いまここで病を宿している誰かに対して、「励まし」というオブラートで包みながらその実は「がんばる」ことを意識的にも無意識的にも強いてしまうのではなく。
「あんなにかわいそうな人でもがんばっているのだから、健康な自分はなおさら」と、どこかボタンをかけ違えた自分への動機付けをするのでもない、何か別のやり方で。

きっと、あるのだとは思う。けれど、そんな「何か」をたまたま見つけたとして、その手応えをずっと手放さないでいるとなると、これがなかなか難しい。

 

dk4130523.hatenablog

 

 こちらのid:cj3029412さんの書かれた本「セカンド・オピニオン」の冒頭の一節である。私は、この本のプロジェクトに僅かながら協力させていただき、そのごく僅かな支援額に到底見合わないであろう様々な見返りをid:cj3029412さんから頂戴しているのだった。それはもう、申し訳ないくらいに。 

 

 私も一つの小説という体をなす文章を書ききった者の端くれとして、こうして一冊の本を出版することが、どれほどの大きな山であるかは、おこがましいながらもわかると言わせていただきたい。曲がりなりにも、その山から見た景色を知る身として。ひとつ、魂をこめて小説を書いたものだけが、知る景色があって、それを見るためにどれほどの血と汗が滲むかを、その者たちだけが共有できるのだと思う。耳をすませばの、雫ちゃんとかね。

 それに、この話は、小説ではないのだ。実在する人たちへの綿密な取材をもとに書かれた、白血病という非常にデリケートなテーマを扱うのである。

 実在する人物の生と死を物語にする難しさというのは、想像に余りあるのだった。筆者が時間をかけ丁寧に当事者と寄り添われたことが、随所から伝わりる。

なんというか、病院独特の空気感なんかもまるで自分のまわりに再現されるかのような箇所等、ノンフィクションであると同時に、とても幻想的な本でもあるのだった。

 

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 つい数日前のことであるが、その id:cj3029412さんから、またまた本をお送りいただいた。虫明亜呂無のこちらである。 

 

女の足指と電話機 (中公文庫)

女の足指と電話機 (中公文庫)

 

 

  これがまた本当に独特な感性で書かれており、面白い。今年読んだ本の中で、一番感銘をうけた。まだ今年はあと1か月ほど残っているが、一番と断言してしまおう。後日感想を書きたいが、以前黄金頭さんがブログで紹介されていた時も、『“スポーツは淫靡”って、その表現なんなんよ?!』と、その虫明ワールドの斬新さに度肝を抜いたものである。

 

 話を再び物語「セカンド・オピニオン」に戻す。

 

 ここには、あるインターネット上での運命的な出会いが描かれている。

  インターネットを介しての出会い。もともと良いイメージでは語られることのない話題。

 昨今では、特に座間市での連続殺人事件報道などもあり、とにかくネットは危険、犯罪の温床であり、ろくでもない人間がろくでもないことを吐き出し、そこで人間同士が繋がっても決して良いことは起きない、というのが世間の主流なのかもしれない。

 しかし、そういうろくでもない出会いがゴマンとある中に、案外捨てたもんではない、いやそれどころか、とても素敵な人間同士の出会いだって、散らばっていることも私は知っている。

 詳しくは書かないが、10月16日、ちょうど1ヶ月前のこと、私のはてなブログに1件の嬉しい通知があった。

 

 その人の、恋の行方を、ネット上の数人が、ずっと見守っていた。若い子達のような、キャピキャピと浮かれた恋愛ではなかった。落ち着いた、真剣な想いが伝わる文章だった。

 

 その人ご本人も、見守っている数名も、見慣れたアイコン誰一人、私は実際にはお会いしていないけれど、なぜかお互いにずっと見知っているような不思議な感情を抱いていた。

 不思議な感情、親しみ、好意を抱いてしまえる理由は、ブログである。

どの人も、年単位でブログを書いていた。そして、そこから伝わる人柄は、きっと私達、実生活で会っていても仲良くなれると確信してしまえるものだった。

 

 「死にたい」と、呟き、突然そこに現れた素性の知らない何者かと数回メールをしただけで会って、それでそいつに自分の最期を預けるのは、あまりにも博打が過ぎる。

 せめて死にたいときは、ブログに吐き出すのが良いのではないだろうか。

 

 久しぶりの更新なのに、ちょっと自分でも何を書いてるかわからないほど、文章が散らかっている。

 今日は私の誕生日なので、安いワインをあおりながら書いているのを許していただきたい。
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さっき妹から、花束が届いた。

 

茹で上がるまで7分の歌

吐き出す前に、ぐっと飲み込まなくちゃと、胃のそこに溜め込んだドロドロの感情。

 

時々パスタの茹で汁が吹き零れるみたいにぶわっと急に溢れだすことがある。

 

僕ってさ、きみにとって何なの?

 

何度も飲み込んできた言葉。愚問。

こう問うと、貴女は、にべもなく『全部あなたが勝手にやってきたことじゃないの』とさえ言うかもしれない。

 

そうだね、実際僕が勝手に好きになって、きみからしたら、頼みもしないのに勝手に手助けしようとする、横からごちゃごちゃ、わけのわからないことを話しかけてくる変な奴、そんな感じだよね。

 

教室の片隅で静かにスティルネルを読むきみに、なんとか気付いて欲しくて、いつも横でわざとらしく大声を出したり、僕は必死だったけど、きみは長い間全然僕の存在を認識すらしていなかったね。

 

岩波文庫は、世界一美しい装丁だと僕が思うのは、きみが白く綺麗な手をいつもそれに添えている姿が浮かぶからなのかもしれない。

いつまでたってもこちらを一瞥もしない貴女。それで僕も覚悟を決めて、あの日かなり強引なやり方で、きみと友達になることに成功したんだよね。

 

ずっと僕ら友達だよって。

勝手にいなくならないでね、って。

何度もきみに念押しして、そのたびに、きみは優しく頷いてくれたじゃないか。

 

でも、ほんとはね、申し訳ないことに僕自身がその言葉を信じられていないんだよ。きみはきっと、いつかいなくなるでしょ。

 

『じゃあその時は、必ず一言お知らせするわね』なんて。やめてくれよ。

お知らせするなら、北朝鮮のミサイルの時みたいなのは、やめてくれないかな。四分前に言われても、僕はあたふたするだけで、何も準備出来ないよ。

せめて四十年前に、お知らせしてくれないか、そしたら、その間もっと色んな話で、僕は君を笑わせるよ。ペルーに住むフランス人の、あの話とかね。


「体調大丈夫ですか、心配です」

 

それだけを、メールした。

 

きみは、絶対に返事をくれる。毎日。

それが、そのことがどれだけ大きな僕の希望になっているか。

 

きみは色んなことに絶望しているけど、誰かを恨んだり呪ったりは絶対にしない。

悪あがきしたくないんだよね、きっと。

きみが抱えるいくつかの大きな問題は、多分抜け道はあるんだ、但しそれはきみにとっては無様でしんどいことなんだと思う。

 

でもね、さいごの悪あがきを、僕としてくれないか。

思い切り格好悪く、僕と生きてくれないか。

 

それが無理なら、先に僕を、殺してくれないだろうか。

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はい、茹で上がりましたー