愛も無いのに触れないで。(でも愛があるなら、許して。 )

 世の中には、迂闊に語ってはいけない話題が幾つかあるとして、それは何だと思う? 

 

 まずよく言われるのは政治、そして宗教。政治に関しては、少しでも勉強不足であったり、また畑違いの人が語ろうものならば「浅い知識で政治を議論するな」「お前はそんなキャラではない」と揶揄されることがある。

 私は、誰にでも語るだけの権利はあると思うので、そういった批判は好きではない。知識のある者しか政治を語れない世の中は、健全ではないと思う。

 また、宗教について、これは政治とは異なる理由でタブーとされる。信仰の問題は、多くの差別ともつながるデリケートな話題である。

 

 ただ、政治と宗教は慎重に扱われるのに、その他の話題については、あまりにもザルなのではないか、と私は感じるのだ。

 

 例えば映画、音楽、美術……。それらを扱うブログは無数にある。そして、多くのブログ主がその対象になる作品に並々ならぬ愛をつづっている。それは良い。素晴らしい。

 

 しかし、だ。中には、映画評、美術展評と称しながら、愛の欠片も感じられない、例えば美術館のホームページを見ればわかるような、しょうもないオフィシャルな情報しか載せていないアフィリエイトブログとか、本当にちゃんと作品を理解して楽しんでいるの?と疑いたくなるような、そんなものもネット上には散見される。

 あとは、『これは地元民しか知らないレアな情報です!』などど謳いながら、その実、今日初めて関空に上陸シマシタヨ!という外国人でさえ知っているようなド定番スポットを、ツウの紹介する地元情報、として掲げている記事などにも同じようなわだかまりを感じる。

 

 お前がその程度のペラい知識と軽い気持ちで、金儲けブログのために語ろうとする映画とか、美術とか、小説、そして土地の情報なんかが、他の誰かにとっては、かけがえのない大切な「政治」であり「宗教」であることもあるのだよ、と思う

 

  それでも、その御堂筋線西田辺駅(※)より底の浅い愛情と、日本製のコンドームのごとく薄い知識で、対象を語りたいなら語るがよい。それも自由だ。

   だが、謙虚にいこう、そう思うのである。間違っても『地元民しか知らない激レア情報満載♪』などど看板を掲げないで欲しい。

 話はずれるが、平民金子さんが神戸市ホームページと普段のツイッターで紹介する神戸情報は本当に厚みがある。そして地元純度100%の素晴らしいものなので、神戸観光の際は、ぜひ金子さんのツイッターなどを参考にして欲しい。 

 えー。

 それでまあ、前置きというか、さんざん語ったのは自分への保険でして。

 

 あの、そろそろ「宝塚歌劇」について書かせていただいても、よろしいでしょうか……?

宝塚観劇には、腕が6本必要

 宝塚。オオ、TAKARAZUKA、我が憧れの美の郷。フォーエバー宝塚。これもまた、確実に、誰かにとっての宗教であり心の拠り所であることは間違いなく、生半可な想い、知識では語れない世界だと百も承知、そして私はまだまだヅカファンのペーペーであり、出直してこいと言われる内容になること必至なのですが、若輩者の自覚はございますので何卒穏便に……

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 言うても、阪急のホームページ見てわかるようなことは書かへん。みんながだいたい知ってるような基本的な宝塚とは?みたいなのも、もうええやろ。
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 私が宝塚を説明するとしたら、それは「少女漫画に出てきた憧れの王子様がいる世界」と表現する。小さい頃読んだ少女漫画、キラキラで、バラを背負て登場する、線の細い王子様達。

 おとなになるにつれ、そんな男性がいないことを思い知るのだが。そうい、いないと思っていた、あの美しい人たちが、ここにはいたのだ。
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  宝塚が2次元の実写化に強い所以はこのあたりにあるとおもう。

 存在自体が2.5次元的なのだ。
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 男役だけでなく、娘役たちの美しさにも、同じ女性としてウットリ見とれてしまう。

 その華やかさ、可憐さを初めて目の前で見たとき私は

「妖精って、この世に存在したのですね……」

と思ったものだった。近くで見た白くきめ細かい肌には、薄青く血管が透けていた。細く長い手足も、キチンと結われた髪も、うなじも、何ていうかお人形のようで、心臓がドキドキした。

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 私が今まで見たのはロミオとジュリエット、スカーレットピンパーネル、ベルサイユのばらエリザベート、相棒、ミー&マイガール、そして先日千秋楽を迎えたポーの一族、である。かなり王道、基本は一応抑えたかなというラインナップ。

 この中で個人的に一番楽曲が好きなのはベルばらとエリザベート。得に「ばらベルサイユ」と「闇が広がる」は歌詞を見ずに歌える。カラオケでも歌う。

 「やみがぁ広がぁる、この世のー、終わりがぁ近い」

と、ドへたくそな歌声で情感たっぷりに歌う私の姿は、他人が見たら恐怖映像で、それこそ見たものの心に闇が広がると思う。

 あとさらっと書いたけど相棒、これはあの右京さんが出てくるテレ朝相棒で、真飛聖さんが右京役でやってらしたのだけど、意外と相棒のあの曲って、歌劇に合っちゃうんですこれが。ダンディな右京さんのキャラも歌劇向きやし、おなじみ捜査一課の伊丹さんなんかもかっこいいの。「すっぎさっき、うきょうがああ♪」とかそんな歌詞もあって、文字にするとえー、なにそれ、だけど、見たらかっこいの。

 ストーリー的に、一番泣けるのはやっぱりベルばらかなあ私は。泣きポイントもいくつかあるのだけど、「アンドレ、お前、目がみえていないのか?!」のところ、毎回泣く。ちなみにベルばらは、宝塚大劇場で3回見ています。スカイステージの録画を入れると何回見たかわかんない。

全部の作品について語りたくなってきた、やめとこ。

 

やっと説明するよ 腕が6本いる理由

腕その1 オペラグラスを持つ手

オペラグラス、これは観劇の必需品である。この座席表をみてほしい。


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S席でも2階の場合が多々あり、そうなるとやはり肉眼だけでは物足りなく感じる。是非ともオペラグラス持参で。ちなみに先日ポーの一族を観劇した際に、実家の母が持ってきたのがこれ。


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でかいわ。

飛行機の管制官か。スナイパーか。

日本野鳥の会かよ…と思わず会場で待ち合わせた母の姿を見て言ってしまった。重いから、置いて帰るわ、と言ってその後押し付けられた。

腕その2 ハンカチを持つ手

 これは、作品に寄るかもしれない。絶対に泣ける作品と、始終痛快、楽しいストーリーなどもあり、様々ではある。しかし女の涙の理由は一つではない。あこがれの王子様と会えた感動で涙が駄々洩れることも十分予想される。観劇中のハンカチ、用意して損はないだろう。

腕その3と4 拍手する両手

 歌劇が始まると様々な場面で拍手をすることがある。スターが登場した時、歌が終わったとき、ショーのフィナーレ。手を叩きたいときはどんどん拍手しよう。

腕その5と6 祈る両手

 これが意外と観劇中一番いる腕になる。

 説明が難しいのだが、王子様を見たとき、両方の手の指を組み、自然と女子の腕はこの体制になっている。

要は手を祈りのポーズにしたいのだ。

 なぜ?しらん。知らんけどさ、憧れの美しい世界に見とれているとき、自然と気が付いたら腕はこうなってんのよ。神を崇める気持ちがあらわれるとき、人間は自然とこのポーズになるようにできているのかもしれない。

だが実際使える腕は限られている 

そう、そうなんよ。せやからもう、大変やねん、観劇やし感激やし涙拭かなあかんしオペラグラス見たいし拍手したいし祈りたいしあーもう、大変。そんなんです。

 
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 だいたい、世の中にこんなバラに囲まれて絵になる人類って、そうそう居ない。そんな人、おる?

  つまりここは非日常、この世であってこの世でない。別世界夢の国。日常につかれた方は、腕6本持って、覗いてみてはいかがでしょう。ちなみに立ち見の当日券は2000円からあります、意外と敷居低い!すぐ売り切れるけどな!

あと最後トイレの個室の数見て。
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何ヵ所かある女子トイレのこのズラッと並んだ便器の数よ。そりゃ混まないよね、スムーズに人が流れるよね、さすが。

 

 ちなみにこのブログ、初めは「超初心者による宝塚観劇ガイド」にしようかとおもたんやけど、やっぱ怖くなってやめました。そんな大それたこと、書けないや。浅っさーーい知識でドヤ顔できる度胸が私もほしいよー。

御堂筋線西田辺駅は、大阪市営地下鉄の駅の中で最も地表から浅い駅です。

今も彷徨う歩兵第五連隊の君へ

 チャンネルNecoで放送されていたドキュメンタリー八甲田山を見た。

 

 

 1977年の映画八甲田山は、私の祖父が好きで、VHSが実家にあったと思う。

 こちらの作品は、ドキュメンタリーなので、実際の生存者である小原忠三郎伍長ご本人の肉声録音や、銅像にもなった後藤伍長のご子息後藤信一さんへのインタビュー、地理、気候や人間工学など様々な観点の科学的な検証もふまえ、映画としての見せ場も多い傑作となっている。

 

 八甲田山雪中行軍遭難事件とは八甲田雪中行軍遭難事件 - Wikipedia世界最大級の山岳遭難事故でである。

 

 「こんな天候で登山したとかバカじゃねーの?雪山なめんな(笑)」

とか

 「指揮官が無能の一言だよ、判断力なさすぎ。初めの吹雪で引き返せよ」

 なんて声も多数ある。

 

 しかし、私はこれを無鉄砲な、単なる愚かな軍隊の失敗とは思えなかった。

 

引き返さなかった山口少佐は悪なのか

 この事件を語る時に、キーパーソンとなる人物それが山口少佐である。
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 もう一人、神成大尉という人物もこの兵を指揮する立場ではあったのだが、実質第五連隊の総責任者は山口だった。東京育ちで、雪山についての知識と経験は素人。

 そして彼が、この「賽の河原」(嫌な名前の河原である)で下した「訓練続行」の決断が、のちに199人の命を奪う遭難事故の引き金となるのだ。それは確かなことである。

 

 だったらやはり、山口少佐が悪いのではないか?そう思われるかもしれない

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  そのまま、引き返していたらどうなっていたか。

 おそらく吹雪にはあうものの、確実に199人もの死者をだすことはなかっただろう。

 賽の河原で初めの吹雪にあったとき、山口は少し迷った(という描写がある)。しかし、隊員の中にも続行を希望した者は多かった。

 

 「ここまできて、我々軍隊のメンツが立ちません」

 「こんなところで引き返したら、帝国ロシアと戦えるのでしょうか」

 「笑いものになるのはいやです」

 「困難を克服することこそが美徳」

そんな部下の声や、心の中のプレッシャーが山口にはのしかかった。

 

 日本男児なら、死を恐れるな。

 まだちょんまげ頭の侍社会から35年しか経っていないこの時代に、こう決断してしまうのが、そんなにおかしいことだろうか。非難されることなのだろうか。
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 実は、1902年のこの日の天候は、日本の観測史上いまだやぶられることのない、数世紀に一度の寒波が列島を襲った日でもあった。

 

 しかし、そんなことは、百数十年経たなければわからなかったことなのだ。

 もともと、この訓練は、気候の良い時なら半日でたどり着けるコースを歩くもので、最終目標も決して山頂などではなく、青山市街地から峠を越えた先にある田代温泉だったのだ。こんな近場で、おめおめと引き返して、恥をかくわけにはいかない……。猶更そう思ってしまうのも大いにうなずける。

 

 あの日がどれほど地獄だったのか、それは結局のところ、大勢が死ななくてはわかりえなかったことなのだ。

 

 

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  彼らは結果的に、その半日で行けそうな距離を、三日かけて歩き続けることになる。

 

 そのほとんどを、同じところをグルグルとまわり続けるていただけであったのは、なんと残酷なことか。

 隣に居る者の姿すら、完全に真っ白く塗りつぶされ何も見えない猛吹雪。顔を、皮膚を切り刻むように吹き付ける雪のつぶ。

 視覚感覚が失われた時、全ての人間が例外なくリングワンダリングという行動をとってしまうという実験結果がある。同じところを、ぐるぐる回る軌道を描くそうだ。

 

 そして寒さは人間の判断力を奪う。体温の低下は、たった2度で精神をむしばむ。


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  体感温度マイナス54度。この環境で、山口少佐も神成大尉も、意識障害が起こりかけていた。

 

「天は我々を見放した。先に死んだ者とともに我々もいこう…!」

 

 神成大尉のこの言葉で、ほぼ全員が絶望に崩れ落ちてゆくシーン。

 小原伍長の肉声とともに再現されるこの場面が、もっとも印象に残っている。
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 僅かに残っていた心の中の希望を絶たれた時、気力だけで立っていたその足は、力をなくすのだと思った。
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  そして彼らは救護班の幻覚を見る。援軍へ、ラッパを吹く。そのときのことを、小原さんはこう振り返る。
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いやな音。
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 もし、あなたがこの先、マイナス何十度の極寒のなか、ラッパを吹く機会があるとしたら、絶対に吹いてはいけない。

 

 金属製のラッパに息を吹き込んだ瞬間、唇が張り裂け、激痛にさいなまれる。このラッパを吹いていた兵士は、唇が凍傷になり、その後、亡くなるのだ。

 

 ここまでの地獄絵図を見て、まだ山口少佐が悪かったと思う人もいるのかもしれない。でも私は、到底そんな言葉を投げつけることができない。

 

 確かに彼の判断が多くの人々の死に結びついてしまった。しかし、彼が戻っていたところで、彼の悲劇は変わらなかったことも我々は容易に想像がつくのであった。

 

 責任者とは、本来、こういうものなのである。今回の件に関しては、本当に不運で気の毒なことであるが、山口少佐だけに焦点を絞ってみてみると、行くも地獄帰るも地獄であることは、もう初めから決まっていたのである。

 

「引き返した山口少佐」という英雄について考える

 私は、この映画を見て、この世にはきっと、無数の名もなき「引き返した英雄」があふれていたのだろうな、と気づいたのだった。

 つまり、賽の河原で計画中止の決断をした指揮官が、きっといるのだろうな、ということ。

 その英雄は、名を残すどころか、「腰抜け」だの「あの人が怖じ気づいたせいで、メンツがたたないよ」だの今も部下から言われているのかもしれない。誉められるよりも、その可能性のほうが高い。

 

 しかしそのひとが「前に進まない」「挑戦しない」というそれも一つの大きな勇気ある決断をしてくれたおかげで、助けられた何人もの人生、繋げられた多くの命があるのではないか、と思ったのだ。

 

 それは雪山だけでなく、会社組織かもしれないし、政治の場でも起こっているのかもしれない。どうか責任者以外の本当に名もない者は、その党首の勇気ある決断に泥を塗るようなことをしないで欲しいと思った。

 

 そして今もこの国のどこかで、日本男児らしく花と散ることを美徳とし、大事故へ突き進もうとする第五連隊もまた、いるんだろうなとも思った。

 

 何度も書くが、引き返さなかった山口少佐を私は貶めたいのではない。若干24,5歳の彼の苦悩を、誰が責められよう。なんとか助けられたその次の日、謎の死を遂げた彼のことを。

 彼がもし賽の河原を越えなかったとしても、部下の中には少佐の判断をあざ笑うものが出てきただろう。サムライとしての誇りはないのかと、責める者も出ただろう。

 

 頑張ることが大切。耐え忍ぶことが美しい。結果はどうあれ挑戦、努力することに意味がある、やる気さえあればなんとかなる……

 

 あの当時、あのとき、山口少佐の心を本当に追い詰めたものは、今現在もこの国に根深く残っていると、私は思っている。

 

 

 

理由は、だいたい100個

 やさぐれた女が、コンビニに白ワインを買いにいき、そこで出会ったばかりの名も知らぬ男と寝る映画を見た。

 最初から最後まで、主人公の女の気持ちがさっぱり理解できない映画だったのに、鑑賞後、嫌な気持にはならなかった。

 とにかく、私には全てが理解不能だったというのに。

 

 まず、私は、素性の知らぬ男とそういうことが出来ない。出会ったばかりのトラック運転手と、車内でそういうことは絶対に出来ない。

 それは、私が今、人妻で倫理的にどうとか、そういうことではない。私だって、好きな人が現れたら竹林や、たい肥小屋で密会をするのかもしれない。そういう道徳の教科書みたいなことを言っているのではない。私はもともと貞淑で清廉な人間ではない。

 私にブレーキをかけるものは、単純に恐怖感だけである。

 それは見知らぬ男の素性への恐れであり、病気やら、様々なリスク、そしてなにより今の幸せを壊す恐ろしさに他ならない。

 ならば、恐怖感がなく、今結婚もしていなかったら、コンビニで気に入った男に尻を触られたら、私はこの主人公のようにそのトラックへ乗り込むのかといえばやはりそれも想像しがたいのであった。想像の中ですら、私はそういうことに対して臆病なのである。

 そういえば、買い物をしている最中に痴漢に遭ったことは、何度かある。

 その犯人の顔などいちいち覚えてなどいないが、断言できるのは、どんなにきちんとした身なりの、整った顔立ちの男であっても、いきなり尻や胸を掴んでくる人物に、私はまず死ぬほど驚き、そして声も出さずその場を逃げ去ることしかできないということ。自分からその相手に近づくなんて、考えられない。

 いや、あの映画の男は痴漢をしたわけではなかった。どちらかといえばナンパに近いか。

 女が男を「食べたい(映画の中の表現)」と思いながら送った熱い視線に気づいたからこそ、そのようなジャブを打って出たのだ。

 ナンパだとしても、これも私は昔からナンパをされても、そのたびに痴漢された時と同じような驚きのリアクションしかできず、無言で立ち去る経験しかないのであった。

 特に、相手が車から声をかけてくるパターンは、その後どこへ連れ去られるかわからないし、いや、そこまで恐ろしいことのほうが世の中珍しいのかもしれないけれど、最悪殺されて山に埋められるんちゃうか、などと考えてしまうのだった。

 それで、こういう成り行きで突発的に男と女が惹かれあう、なにかそこに「理由」が書かれるのだろう、それをずっと期待しながら、私は見ていた。見ていたのだが。

 

 なにも、最後まで納得できる説明も、描写もなかったのだった。

 

 私は、なんやねん、と思った。

 思ったけれど、良い映画だったな、とは思った。トラックで色んな道を走る映像がよかった。行く先々の、国道沿いの萎びた食堂でメシを食うシーンも良かった。そして運転手同士の無線のやりとりはロマンがあった。

 だから「理由」は、読者、視聴者に、丸投げで良いのだ。

 私は、何をするにも、しないにも、怖いから、納得したくて、他の創作物に答えを求めたりすることもあり、だからこそ、作品全てに主人公の行動のわけ、特に道徳に反するようなことならば猶更それを理詰めで求めたりしてしまうのだけど、そんなもの、見た人間が勝手に考えてろよってなもんなのである。説明できないことなんて、この世には山ほどあるではないか。

 

 

非公開日記のVさんへ

先日のノーベル文学賞の日記にコメントをしようと何度も試みているのですが、ここ最近ずっとはてなブログ(アプリ?)の調子が悪く、何度やっても再試行になります。 

それで、日記にコメントを書けませんでした。ここに、それを写そうとも思いましたが、お互いにプライベートな内容になるので、やめておくことにしました。とても、書きたいことがあったのですが。

 

ただ、私も、よくわかります、と、これだけ今はお伝えしたいです。

P●Aってなんですか

競馬場にいってきた。


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ゲートでチケットを見せたら、もぎりのお姉さんに

「みきちゃん、今日来ると思たで」

と、声をかけられた。

私はレースの常連客なので顔を覚えられているのだ。

 

せやねん、わし、今日のレースに人生かけとるんや、ほな一発当ててくるわ~!」

 

……とは言ってないし、競馬の常連客なのも嘘だ。

けれど、チケットもぎりのお姉さんが私に声をかけてきたのは事実だ。

なぜなら、阪神競馬場窓口で赤い帽子のコスチュームを着ている女性のうち2人は、私のママ友なのである。

 

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競馬場はとても明るく綺麗な、ファミリー向けの施設だ。

結婚して兵庫県民になるまで、競馬場に行ったことはなかった。

実際に行く前は、もっとこういうオッサンしか居ないと思ってたのだけれど。
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JRAで売っている赤いペンを耳にさし、競馬新聞片手にぼやいてるっていう。
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確かに、こういうオッサンもいるんだけど、阪神競馬場には芝生や大きな公園もあって、とにかく清潔で授乳室まであり、つまり子連れにもじゅうぶん楽しめる施設なのだ。
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そして何より馬がいる。

パドックを悠々と歩く馬は、とても美しい。初めて目の前で馬を見たとき、実際に見もしないで、競馬に悪いイメージを持っていてごめんなさい、と思った。

艶やかな毛並み、隆々とした筋肉の馬が躍動する姿を見られるだけで、競馬場に行く価値はある。

動物園の動物達は、全力では走れないから。

だったら馬の写真撮れよって話なんだけどね。
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今日の私の目的は、関西蚤の市、これなのだった。(写真横になっちゃった、ごめんなさい、首を傾けてご覧下さい)

私、お料理好きの、食器好きなのである。

「今日来ると思ったで」の理由は、そういうわけだ。


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会場マップ貼っておきますね、ひっくり返っててごめんなさい、どうせ終了したイベントのマップだからいいでしょう。

かなり広範囲にたくさんのお店が出店されていることさえ伝われば。(前々からアップロードした写真が横向いたりひっくり返ることが多くて、なんやねんこの現象腹立つ。)


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なんか掘り出し物あればいいなあ、って、思ってたのです。

……が、数分後、手にした皿の値段を見た私がこちら↓
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いや、普段300円ぐらいの食器買う人間が行くとこちゃうわ。
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なんしか、全体的にオシャレ空間で、びっくりした。一眼レフを持った女子がわんさかいた。確かにインスタ映えは、間違いないと思った。

なめてました、完全に蚤の市なめてた。

まず、どこから沸いてきたのかわからんぐらいオシャレな、意識高そうな親子を大量に見た。

こんなん。

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この日は温かかったので、カーディガンを羽織るだけの人も多かったのだが、その中でもこのロングカーデ&ガウチョパンツ、そしてベレー帽ってコーデ、何億回見たか。

ちなみに私個人は、大人でもトイレで難儀するガウチョを、低学年以下の女の子に履かせるつもりはない。

ぜーーーーーーーーーーーったい、トイレの床に裾をこすりつけてくるの、わかりきってるもん。ノロウイルスとか貰ってくるの、目に見えてるから。

 

あとな、アンティーク、言うたら中古の食器やん、衛生的にも強度もどうなん?とか、そんなん言い出したらキリないし、もっとお手頃やと思ってて。もちろん新品も売ってるんやけどね、もうね、端的に言って、正直私には高かった。


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帰る頃には金銭感覚が完全に麻痺していて、二千円の皿が安いな、と思えるようになっていた。
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もちろん安いのもたくさんあったよ
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まあ、目の保養には十分だった。食器も客層も、オシャレで見ていて楽しかった。

 
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だいたいさ、使い古しの「取っ手」売ってるのを見たの、私、これ西成のドロボウ市場以来やで。なんつーか、すごいテンション上がった!

 

同じ物を売っているのに、新世界や西成と全然違って見えることに、テンション上がった。

これな。
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「オラアアアア!差せ、そこじゃああああ、差せえええええ!!!!」

 

とか怒鳴って叫んでいるオッサンが、このアンティーク食器の値段見たら、なんて言うんやろとか思った。
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「差せー!」の横の広場でこんなオシャレな、ヨーロッパのストリートみたいな。
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叫ぶオッサン達のゾーンは、ちなみに上の写真奥の建物の前あたり、ゴールのド真ん前。ここらへん↓
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そこから少し離れただけで、このオシャレな古書
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ちなみにこの日、競馬場で買った大スポの記事一部。
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……あのさあ。

つい先日、私も来年度のPTA三役選挙行ってきたんやけどさあ……。やめてくれるかなこういうの。ほんま何でもエロの世界になるねんな。

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↑くちなおしに、インスタばえしそうな画像貼っておきますね。
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結局私、この日何にも買わなかった。

なぜなら、夫にも言われたのだけど

「奈良のおじいちゃんの家の蔵、あそこにいっぱい同じような食器とか古い本あるよなあ」って思ったから。

例えば上で4,000円で売られているカメラもつい最近実家の物置で見つけたし、奈良の蔵にはそれこそ古い食器や本がわんさかあるのだ。

 

 

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この黒い箱と上の皿は、江戸時代のもの。箱は祝いの菓子を入れていたもので、皿は魚料理用だったと祖父から聞いた。このカメラは、いらんから、どなたかに差し上げようと思っている。4千円で売れるとも思えない。


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この本は昔の辞書らしい。あとほかにも似たようなのが数巻ある。

まったく商売するつもりはないので、誰か本当に欲しい人に無料でさしあげたいのだが、なかなかそういう場所がない。

蚤の市は、なんか、そういうアンティーク的なものの敷居を無駄に上げてるんじゃないの、と思ってしまった。

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この2つの世界の中間ぐらいの蚤の市、希望。



 

テレビ画面を写真に撮るバカってどう思いますか


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 ああちょいと、そこのきみ。

 きみ、写真を撮るのは好きかね。そうか、好きか。どんな写真を?なるほど、心のままに風景を切り取る……よし、わかった。きみは大林宜彦監督の映画を見るべきだ。

 

 普段写真を撮る人なら、大林作品を鑑賞すると、必ずその一場面ごとの美しさに心を奪われてしまうだろう。そして、こう強く思うはずだ。

 「この世界に入り込んで、シャッターを切りたい…!」と。

 

16㎜カメラが記録する私小説「廃市」

  まずはこちら「廃市」。古い歴史を持った小さな運河の町が舞台。

 

  もうね、いきなり美麗、綺麗。いきなり写真とりたい。撮りまくりたい。

 作品が始まって、のっけからそこに描かれる世界の美しさに、あほみたいにテレビ画面の写真を撮っていた。

 表題の「バカ」とは、まぎれもない私のことである。だが一度この映画を見た人なら、観客は「バカ」になってしまうおそれがある。それほどこの作品は柳川の魅力を情緒たっぷりに、これでもかというほど映し出している。……魅力?ちょっと違うな、終わりゆく、ゆるやかに廃れ行く街の儚い輝き、というか。

 私は最近兵庫県立美術館小磯良平の絵画を見たのだが、その構図や光の加減がどこかこの映画に似ていると思った。流れる川の音、水の煌めき、夏の空気を感じてほしい一作。

  ただ、あえて言わせてもらうと、ストーリーは個人的にあんまり面白くなかったかな。面白くないのに、こんなブログ書いてわざわざ誉めたくなるぐらい映像が美しいってことです、はい。

 1983年、大林のスタッフ全員が偶然二週間の夏休みが取れ、その期間を使い小さな16mmカメラ柳川に持ち込み、スタッフも小規模の編成で、 大林念願の福永作品を撮影した[1]。設定は架空の街であるが、撮影は福岡県柳川市で全編オールロケされている[2]。原作の持つ私小説的な雰囲気を出すために16mmカメラで撮影した。

廃市 - Wikipedia

 

 制作経緯も、素敵だなあ、と思う。

 

 続いてご紹介したいのは、こちら

これぞ “本物” のアイドル映画「HOUSE」

HOUSE ハウス[東宝DVD名作セレクション]

HOUSE ハウス[東宝DVD名作セレクション]

 

  こちら「HOUSE」は、廃市とは打って変わったホラーコメディ。小磯良平感はゼロ。しかし、この作品もまた、アート。絵になるのだ。


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まず女優陣が美しい。白髪の南田洋子。怪しげな洋館の主。

 

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ヒロインは池上季実子。か、かわいい。めちゃくちゃかわいい。

 
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そうそう、妖艶で可憐な鰐淵晴子さんも忘れてはならない。こちらのシーンは蜷川実花のフォトグラフのような極彩色のあでやかさである。 


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 そして、なんといってもHouseで最もキュートなのはこの人神保美喜

 カンフーの使い手という謎設定により、常にホットパンツ姿で、ややムチッとしたおみ足を挙げながら、事あるごとに回し蹴りをかましまくる。

 健康的な色気をふりまく愛すべきキャラクターで第二の主役といっても過言ではないのだが、ラストのこのシーンで、首がちょん切れて飛んでゆく。←は?

 なんという滅茶苦茶な展開、そしてこの背景の顔びっしりイラスト、唐突に何?!なんなん、こわい。怖いけど何故かお洒落なのだ。

 その他ピアノの蓋に挟まれた指が切断されたり、どこからか噴き出した血の海に流されたり、枚挙に暇がないほどグロいといえばそうなのだが、常にどこか笑えてしまう不思議な演出と、ポップでキュートな女の子たち。そうそう、大場久美子さんも出てた、もちろん可愛い。

 

 いずれの女優さんも2017年現在、尚も美しさを湛え続ける美熟女女優である。私がこれぞ本物のアイドル映画だ、と評した理由はそこなのだ。

 何を持って本物とするか、それは30数年のちの変わらぬ美しさである。

 非常に直接的な言い方をすれば「お直しをしていないこと」、もっとはっきり言うと整形してないこと。今のアイドルみたいに黒目カラコンもアイプチもプロテーゼもない、ガチの美少女素材勝負、これが一番この映画で際立っているところかもしれない。

 

追記:この古い汚いカメラ、誰かいりませんか
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何色でもいい、私たちは繋がってる。 ~糸にまつわるJポップ~

 その人の日記は、決まったメンバーにだけ公開される限定記事である。

 そして、私は、その人の日記を読ませてもらうことのできる読者のひとりだ。その日記には数名の読者がいて、いつもコメント欄には同じアイコンが並ぶ。

 私は勝手にその人たちを友のように思っていて、いやきっと皆さんそう感じているのではないか、という、不思議な感情をもって、その方の日記を読んでいる。

 

 今日更新のあった内容で、その人は、私たちは「青い糸」でつながる関係だ、と書かれていた。青い糸とは、Wi-Fiの登場する前、インターネットと端末をつなぐ青いLANケーブルのこと。とても、面白くて、素敵な表現だなあと思った。

 

 その方は、運命とか、赤い糸という表現をあえて今まで使ってこなかったとも書かれていた。たしかに、言葉にするとなんだか仰々しい。

 例えば「運命の人」という表現、これはいかにも恋愛真っ最中ハッピー、といったニュアンスを含むことが多い。

 しかし、ある時、なに気なく見ていた女性誌星占いのページにこんなことが書かれていたのを私は思い出した。

『運命の人というのは、白馬に乗った王子様ではなく、あなたが気づけばいつも心に描き、あなたの日常の行動を変えてしまう人を言うのです。つまり、その人の存在で行動が決まる、イコール、未来と運命も変わってくるということ。それは必ずしも結ばれる相手とは限りません。しかし、あなたの行動の動機付けと未来を変える力のある人を、運命の人というのです』

みたいな、内容。

 正直、星占いなんて、余多記事である。片手間に読む暇つぶし。

 でも、私はこの「運命の人」の定義に、とても感銘をうけたのだった。誰かを思って行動する、それこそが運命を決めていることに違いないのだと。

 
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 ふたたび話を赤い糸、青い糸に戻す。

 先日、私がその人の日記コメントで紹介したのが手嶌葵の「赤い糸」だった。他にも、人と人とをつなぐ糸を表現する好きな歌がいくつかある。スピッツの「夜を駆ける」もそう。

 この歌は、イントロのピアノからしてもう、しびれるので、まずイントロだけでも聴いてもらいたい。そして私がすごく好きな歌詞の部分が

 

「似てない僕らは細い糸で繋がっている よくある赤いやつじゃなく」

という表現。

 

 よくある赤いやつじゃなく。

 しかも、『似てない』僕ら。

 


spitz - 夜を驅ける (live)...

 

 何もかもすごく儚い感じがする。とても切ない、でも、二人の強い結びつきを思わせる一曲で、聞いていて胸がしめつけられるような思いがする。

 

 ただ、世の中は色んな人間関係があって、赤い糸、太くしっかり結びついたものばかりじゃない。

 

 絡まったりもするし、浅く遠い結び付きが、逆に心地よかったり。それでも、繋がれたことが、すべて奇跡で運命だと私は思いたい。

 女性シンガーAimerの「蝶々結び」の歌詞、https://sp.uta-net.com/song/212623/

二人は「結ばれたんじゃなく結んだんだ」というのも私は好きだ。受動的ではない関係性の強さを感じる。

 最後は、やはりこの歌で締めくくるとしよう。http://j-lyric.net/artist/a000701/l0000fa.html

 

VIさんの思い出の曲であり、私の大好きな中島みゆきの「糸」。