「お月様が、普段より増量中なんよ、14%も!」
私がそう言うと、彼は、へえ、凄いやん、と軽く笑った。
そして、ディズニー映画の王子様がするような、とても健全な口づけをして、先に寝るわと寝室へ行ってしまった。
いつの頃からか、彼が私にしてくれるキスと、娘にするそれの、境目が無くなっていた。
とても優しくて、愛情深いキス。家族のキス。テレビでお茶の間に流れても気まずくならないような。
私は、パジャマのうえにローゲージのロングニットカーデを羽織り、更にその上からフォックスファー付のダウンを着こんだ。
今から、月を見に行くんだ。
今日は日中はポカポカしていて、娘なんか半袖姿だったものだが、夜はとても肌寒かった。
外に一歩出て、ダウンコートをまだクリーニングに出してなくて良かったと心底思った。裏起毛のパジャマを着ていたのも正解だった。
今日、政府が緊急事態宣言を出した。
そんなん東京の話やろ、思ってたら、夕方スーパーで何故かパンの棚だけごっそり空になっているのを見て、途端に焦りが出てきてしまった。
せっかく外に出たんだから、コンビニに寄ってパンを買おうか。
そう思ってファミマに行ってみると、何のことはない、普通に菓子パンが陳列されていた。
それを見てすっかり安心した私は、結局なにも買わず店をあとにした。
せっかく、月が14%大きく見える夜なんだ。つまんねえパンなんか、買ってられるかよ。
とはいえ、昼頃までスーパームーンの話など知らなかった私。「お月様は、どっちに(どの方角)見えるん?」
そんな質問を友人にしてしまい、地球の自転や太陽の位置関係など、いちから丁寧に説明してもらった。友人は、バカな質問をした私をバカにするでもなく、わかりやすく教えてくれた。
私は小さい頃、この本が好きで、かなり読み込んでいたものだった。
なのに、月がどこから現れてどこへ消えていくのか、さっぱり頭に入っていなかったのだった。
私がこの本で何度も読み返したページは、星座に纏わる神話や寓話のところだった。
挿し絵がものすごく古くさいな。
今も頭に入っているのは、全くもって非科学的な、例えばオリオン座と蠍座は何故同じ季節の空にいないのかとか、そういう知識だけだ。
いつもより、大きく輝く月を見て、娘の将来や、自分のことを考えながら少し散歩した。
そして、少し前、こうして夜中に家を飛び出して人に会いに行ったことを思い出したりした。
その人が私についた一番の嘘は
「明日なんか、来ないから」
だったと思う。
明日仕事があるから、今からは…ちょっと難しいです、そう言った私へ放たれた、最大級の誘惑であり、偽りだった。
明日は、結局来てしまったのだから。
明日は来る。嫌でも来る。
自粛していても
スーパーの棚にパンがなくなっても
保菌していても発症してもしなくても、とにかく明日は、来てしまう。
だから私は、まず娘の明日を考えなくてはいけない。そして私の。
子供を持つことは、嫌でも、未来について考えることを一生放棄できないことを意味する。
愛情もなにもかも、色々形が変わるから、不安になるけれど、明日も、あしたのあしたも、笑っていられたらなと思う。
携帯のカメラ、クソいなあ~