フラスコ飯店冊子で書いたもの

以下の文章はフラスコ飯店さんhttp://frasco-htn.com/about/

の発行する冊子で書かせて頂いたものです。タイトルは「Another One Bites the Dust」


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昭和平成、と来て。時は令和だ。

今、あなたの住む街をざっと見渡してみて、何かこう、その風景の中に異質なものは混じっていないだろうか。例えば、やたら急勾配の滑り台がある公園だとか、尋常ではない雰囲気の個人商店だとか、そういうノイズのようなものが。

……そうか、無いのか。もう、この時代には残っていはいないのか。

今、世の中はとてもクリーンになってきていると、日常のいろんなシーンで私は実感する。運動場の危険な遊具は全て取り払われた。コンビニからはエロ本が消えた。弱いものを傷つけるとされるもののほとんどが、特にこの数年で姿を消した。

そして私は、ふと追憶の中にある古い映画館を思い出す。通っていた河西中学校のはす向かいにあった、そこそこ大きな映画館「松栄」を。

松栄は、成人映画館であった。ピンク映画館が、よりにもよって、地元の公立中学の徒歩1分圏内に存在していたのである。一体お前はどんなスラムで育ったのかと思われるかもしれない。
私が育ったのは、特に治安が悪い地域でもなく、ごく普通の住宅街だった。和歌山の青い海に面した巨大な工業地帯。日本でも有数のS金属鉄工所があり、そのお膝元であった小さな街には、かつては鉄工所に勤める独身男性も多く住んでいた。それらの若者の、娯楽であったという松栄映画館。

それはもう、私が物心ついた昭和の終わり頃には、既にとんでもない街の異物だった。本来隠されるべきものが、あるべきではない場所に堂々と存在していた。
上映作品の扇情的なポスターは、実写バージョンと職人さんの手描き劇画バージョンの二種類あるのをご存じだろうか。観客を誘う謳い文句も毎回凄まじかった。痴漢電車乱れ咲き!とか、不倫人妻熱い夜!だとか、朱色の墨で書きなぐられていて、なかなかの迫力であった。未亡人、喪服、ストッキング……わかりやすい乳房以外にそういったアイコンが性的なものになりうるという知識は、独特の活字フォントと共に脳裏に日々蓄積されていった。

若い男性労働者の娯楽とは言ったものの、それは家庭用ビデオデッキが普及する以前の話であろう。プライベートな空間での視聴環境を多くの人間が手に入れることが既に可能になってしまっていた90年代、なぜ人々はそこでわざわざそのような恥ずかしいものを見るのか、私にはわからなかったし、今もわからない。

あの入り口の奥に、いったいどんな世界が広がっていたのだろう。建物の横を通るとき、いつも顔を背けて見ていないふりをしていた。その壁の向こうは何があったのだろう。
大人たちは、そこにその卑猥な建物があることを、まる何も無いかのように過ごしていたし、子供たちもまた、同じようにそうした。低学年の男子はたまに「おっぱい!」などと叫んでいたが、やがて年齢が上がると皆一様にそれらを視界に入れないよう、意識をとられないよう努めた。

そしていま、現在。世界はどんどんクリーンになる。得体のしれないもの、いかがわしくて汚いものは根こそぎ駆除される。
かつての鉄工所は、徐々に国際的な競争力をなくし、煤煙で曇っていた空は青さを取り戻した。労働者は街から消えてしまった。
そうして、松栄映画館もまた、取り壊され更地になった。日常のすぐ隣にあった非日常は、跡形もなく消えた。
仕方ないのだ。あの映画館は「悪」だった。正義の味方がやってきて、全部消し去ってくれたんだ。あの映画館がなくなって街に秩序が戻り女達は不倫をしなくなり男たちは痴漢をしなくなった。世界はとても清らかになり正しいものだけが残り、いずれ戦争もなくなるのだろう、きっとそうなるはずなんだ。

なあアンタ、次にあの街から姿を消すのはなんだと思う?

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