私、不倫してる

副題「友達をなくした日のこと【A面】」

 

今思えば彼女にその告白を聞いた瞬間から、私の不幸は始まっていたのだとおもう。

 

そのときは、数或るママ友達の中で私だけがその秘密を共有できた喜びと、妙な高揚感だけに酔っていたのだが。

 

結局信頼とは甘えだ。どんな告白をしても、相手が受け止めてくれるというのは、信頼しているというより、相手にそうであってほしいと甘えているのである。

 

ママ友のやっちゃんとは、うちの娘がゼロ歳の頃からの付き合いになる。

私もやっちゃんも、洋服作りが好きという共通の趣味があったこと、そしてお互いの子供はとても大人しく、それゆえに子育ての悩みも似ていたことで、急激に仲良くなった。

子どもが一人っ子同士だったことも急接近した要因のひとつで、なぜなら兄弟のいるママは上の子どもの幼稚園行事などがあるので、生活リズムが若干違うのである。

起きる時間から夕飯まで同じようなサイクルを送っていた私たち2組の親子は、ほぼ毎日お互いのマンションを行き来した。

「私らって、旦那さんよりも長い時間一緒におるなあ」

なんて言って、笑い合った。

 

子ども同士も、穏やかな性格の二人だったので、そのやりとりは、見ていてとても微笑ましかった。

子供達の中には意地悪な子や、度を超して乱暴な子どももいる。そういう子と遊ばせると、気の弱い我が子がいつも泣かされたりするので、子どもはもちろん、私にとってのストレスが大きかったのだった。

 

やっちゃんは、少し浮世離れしたところがあった。

例えば、専業主婦としてはありえないほど、料理をしなかった。

 

やっちゃんの家には、味醂も酒も煮干しもなく、つまり自分でお出汁をとることも知らなかった。パスタのミートソースを家で作るものだという認識もなかった。ドラッグストアで、レトルトのパスタソースをまとめ買いしていた。

一度、鰹と昆布でお出汁をとるやり方を教えたときは「こんなの家で作れるんやね!」と感心していた。何枚か家にあった昆布を、ジップロックに入れて譲った。

掃除もなかなかちゃらんぽらんなところがあるようで、室内で飼われているチワワの小屋にゴキブリがわいたことがある、と言っていた。

 

けれど何もかも完璧な人や、上から目線で家事や育児の説教をしてくるタイプのママ友なんかより、エエ加減なやっちゃんといるのは遥かに居心地が良かったし、私自身も全然完璧な主婦ではなかったので、そのぐらい緩い人と適度に散らかった部屋でお茶をするのが癒しの時間だった。

 

それに、やっちゃんは、家事なんかまったくもって出来なくて良い人種だったのだ。

 

彼女は、人よりずば抜けた才能を持っていた。たまたま近所に住み条件の合った私なんかとお友達になってくれたけれど、本当は彼女は別世界の人間であった。

やっちゃんの名前をググると、まずウィキペディアが出てくる。

世界的に最も権威があるとされる、ピアノの大会で、賞を獲得したのだ。日本人としても異例の快挙。10代の頃はほぼウィーンで過ごし、NHKが学校まで取材に来た、そんなレベルの人。

ずっと舞台でスポットライトを浴び続けていたやっちゃんが、いつまでたっても、子どもを産んでも、尚お姫様気質で、わがままで甘え上手なところがあるのも、すべて頷けてしまう説得力のある経歴と能力だった。

 

 

そんなやっちゃんから、コウタさんという男性の名前をちらほら聞くようになったのは、彼女がフェイスブックを始めてからほどなくしてのことだ。

 

やっちゃんは14歳からの1年間と、高校のうちの2年間をウィーンで過ごした事もあり、また各国のコンクールに出場経験があるので世界中に友人がいる。そんな、なかなか会えない外国人の友達と連絡を取り合いたいからということで、フェイスブックを始めた。パソコンの事がさっぱりわからない彼女にかわって、私が色んな設定をしてあげた。

 

そうこうするうちに、彼女のフェイスブック友達は瞬く間に増えていったのだが、そのなかに件のコウタさんという人がいた。

やっちゃんは、中学は地元の公立に通っていたので、彼はそのときの同級生であり、初めての彼氏だったそうだ。コウタさんは、12年前に結婚しており、小学生の娘二人の父親であった。

 

コウタさんはやっちゃんのことが別れたあとも「ずっと好きだった」と告白した。

 

今の奥さんと結婚したのは出来ちゃった婚で、本当に恋をしたのは唯一人、やっちゃんのことだけだ、ずっと忘れてなかったよ、とコウタさんは言った。

もともと、幼い二人の恋愛は、ちゃんとお別れができたわけではなく、やっちゃんが海外留学する事になり、付き合いが自然消滅してしまったといういきさつだったそうだ。

 

へー、そんなこともあるんだねえ。そのとき、私は割と好意的に話を聞けていた。

 

なによりワクワクするじゃないか。そんなトキメキ、いいなあ、なんて、まるで女子高生に戻ったみたいにワイワイきゃあきゃあ言ったものだった。

それで、済むと思ったから。

 

「やっちゃん、これだけは約束してな、○○くん(子ども)と旦那さんを、絶対に悲しませないって。それやったら、メールとかするぐらい、ええんちゃうと私は思うよ。」

あの時こう言った。だから、大丈夫だと思っていた。

本気で思っていた。 

バカか、私。

 

その後、当然のように、二人は関係を持ってしまう。 

 

私達は純愛だ、本当は結ばれるはずだった。やっちゃんはことあるごとにそう主張した。

 

だんだんと、彼女のFacebookの家庭的アピールに苛立つようになった。

やっちゃんの家には、だしを取る昆布どころか、料理酒やみりんさえもなかったのだ。

そのアピールは、コウタさんを意識しているのが見えすいていたから。

 

やっちゃんいわく、コウタさんは、妻のことを全く愛しておらず、ずっと10代の頃からやっちゃんを想って生きてきた。ずっと忘れずただひとりやっちゃんだけを愛してきた。でも、奥さんとの間に子供が出来てしまって仕方なく結婚した、と。

 

はあ?いやいやいやいや、いや。

である。

子供出来てしまって、仕方なく結婚して、ほんでお前、なんで今二人、子供おんねん。脳みそわいとんか。記憶失いながら生きてんのか呆けが。少なくとも、二人目は意識的に作ってんやろがよ。

 

彼はこうも言うそうだ。今自分が死んでも、やっちゃんと同じお墓に入れないことが、悲しい、と。

 

私は、日々このような話を聞かされ続けるようになり、それが地味にストレスとなっていくのを感じていた。

 

やっちゃんが好きだ、やっちゃんだけを愛してるから、一緒に死ねたらいいね、とも言うらしい。愛の証として貰ったカルティエの指輪を見せて貰った。

 

でもね、あんたの、すぐに死を口にするその男は、絶対あんたとは一緒に生きてくれないよ。

やっちゃんの周りの音大関係者は、とてもお金持ちが多かった。なので、コウタさんと出会う前から、やっちゃんはたびたび、旦那さんが裕福でない家庭で育ったことを愚痴ることがあった。そしてお給料が低いことも不満な様子だった。でも、とても優しい旦那さんに見えた。しかし、やっちゃんにとっては、どこか不釣り合いと思う節が常にあり、コウタさんと出会ってしまったことで、その不満が爆発した形となった。

 

料理をしない、掃除もしない、高層階でさえゴキブリを沸かせる、そんなやっちゃんの人生を、「生」を、丸ごと背負って生きてくれる男は今の旦那さんしかいないのに。

 

死と生を比べたら、生はあまりにも醜くて、辛くて苦しくて、間抜けで、汚ない。

死は、いつだって、美しく、甘美だ。

 

ミュージカル、エリザベートに出てくる死=トートのように、死というものは、いつだって女王様の心を掴んで離さない。

 

私は、ある日、やっちゃんに一方的に暴言のような酷い言葉をさんざん投げつけて、友達をやめてしまった。

 

正直、不倫なんか本当によくある話で、配偶者以外とセックスするなんて、きょうび全然珍しくもなくて、ただそれよりも、人として、母親として、どうなんだ?と思うような、そんな出来事が、とうとう起こってしまったのだった。

詳しくは書かない。

 

でも、それが我慢ならなくて、私はもう、彼女を視界から消した。

Facebookのフォローを外し、インスタはアプリごと消した。

 

それでも、ふと思い出すことがある。

 

阪急うめだの、アンティークボタン売り場で、二人時間を忘れて色んなデザインのボタンを探したこと。

ボタンは、時代によって様々な装飾を施したものがあり、見ているだけで心がおどる。

そういう楽しみを共有できる友達は、彼女だけだった。

 

私は大切な友達をなくした。

誰が悪かったんだろう。

人を好きになる気持ちなんて、結婚なんていう“制度”だけで止められないこと、私もわかっているじゃない。

でも、彼女のやり方は、良くなかった。

 

そして一番許せないのは、適当なことばかり言って結局妻と別れる気のないあの男、一人だけ無傷のあの男だ。

 

私は、コウタさんの本名、フルネーム、勤め先(営業マンはうまくやれば昼間っからホテル行けるから、良いよねぇ)を知っている。

そして、一番恐ろしいものを持っている。

 

やっちゃんは、コウタさんとのFacebookmessengerのやりとりを残しておいたら旦那さんにみつかるので、パソコンのことがよくわからないから、私に、ログを私のパソコンで保管しておいてほしい、と頼んだのだった。

 

全文面とスクショ、今も私は持っている。

 

ただ、これを誰かに見せる予定もないし、そんなことをして、やっちゃんの子供が不幸になるのもこれ以上見たくないから、墓場に持っていくつもりである。

 

時々考える。 この文面のコピーを、コウタさんの、愛されていない奥さまに見せたら、どうなるだろう、と。デキ婚だから結婚指輪もまともに買ってもらえなかった奧さまが、カルティエのことを知ったら。

だめだ、そんなことをしたら、二人のお子さんまでも不幸になる。

 

結局、私のひとり負けだ。

 

こんな話は、聞いたが最後、聞かされたほうがどんどん自己嫌悪に陥り、誰を責めても最後は自分の醜さに嫌気がさすのだ。

 

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と、この日記は2年以上前に書いて、それきり下書きフォルダに入っていた。

当然登場人物の設定と名前は全部フィクションである。

ただママ友が不倫をして、それから先の出来事により私が彼女と絶交してしまったのは事実だ。

 

だけど、今までの人生で、普通に恋愛をしてきた人が、結婚をした瞬間から、他の誰とも恋愛しなくなくなるなんて、そのほうが不自然だとも思う。

 

やっすい正義感と、逃げ場のない正論で、友達を追い詰めた。私の言いたいことは全部言ったのに、全くスッキリしなかったのは何故だろう。

 

これが勝負で勝ち負けがあるのなら、私は既に、彼女からこの話を聞いてしまった地点で敗北していたのだ。

 

 

ちなみに【B面】という完全に私の創作で、やっちゃんの気持ちを書いてみた。これがまた、悪趣味な文章で、つくづく私は嫌なやつだと思った。

 

ただ、今小説を書いているので、そこに使う文章素材として色々と綴ってみたのであった。

B面へ続く