餅でこんだけ語ったんだから、許してください

餅まき「年配者の方がすごい」壮絶な現場 顔から流血も:朝日新聞デジタル

トラウマ行事やわ。小さい頃、神社の餅まきで砂利の地面に落ちた餅を拾おうとしたらババアが横から私の細い指ごと地面に擦り付けて餅奪いやがったから手の肉がえぐれて流血、ものすごいショック受けた。

2017/07/12 15:31

トラウマ行事やわ。小さい頃、神社の餅まきで砂利の地面に落ちた餅を拾おうとしたらババアが横から私の細い指ごと地面に擦り付けて餅奪いやがったから手の肉がえぐれて流血、ものすごいショック受けた。 - mikimiyamiki のコメント / はてなブックマーク

 

 

これは、昨日何気なく書いた私の思い出話なのだが、けっこうな数のスターを集めてしまって、いま後悔している。

 

私は、誰かの心の中の「餅まき」を、汚してしまったのではないか、と。

 

まず初めに言っておきたいのは、やはり私にとっては餅まきといえば、とにかく涌き出てくるのは恐怖の感情なのである。そして憤怒、悲しみ。


大人から、理不尽に、あのようなかたちで怪我をさせられ、謝られるどころか、持っていた餅まで奪われた。あんな酷い経験をしたのは、今のところ私の人生ではあれっきりである。

ババア……は、口が悪いか。おばあさんの顔も、実は今も覚えている。同じ町内の、顔だけは知っている人だった。学校からの帰り道すれ違ったりすることがあると、私は怖くて悔しくて、いつも心臓をドキドキさせていた。目のつり上がった、浅黒い肌のおばあさんだった。とにかくその目付きも怖くて、日本昔話の意地悪なおばあさん役なんかピッタリくるような面立ちであった。

そんな、餅まき=怖いババア、な図式が出来上がってしまっている私は、勿論その日からずっと餅まきには参加していない。なので、楽しさを知らないまま大人になってしまった。

だがしかし、私にとってトラウマであり悲しい思い出しかない行事でも、誰かにとっては、楽しい思い出いっぱいの行事であることも、理解はしているのだ。

げんに、うちの父親なんかは小さい頃からとても楽しく餅まきに参加していて「わえキャッチャーやさけよ(私はキャッチャーだから)、落ちた餅ら取らんのやして(地面に落ちた餅はとらない)。飛んでくるやつよ、空中で取っちゃるんよ」
などと自慢げに話す。

 

とはいえ、いまだに「あのとき、おまん(おまえ)を一人で餅まき行かせて、えらい怪我させてもたな、すまんかったなぁ……」
とか、なんか戦地に一人で送り出した親みたいな思い出話も必ずセットにしてくる。
一応私の手前しんみりはしているけど、父親は餅まきに行くのをやめる気配はない。


そもそも、最近では餅まきも珍しくなったのに、何故か父親は和歌山中の餅まき情報をかなりの精度で網羅しており、いまも餅まきのあるところには必ず出掛けている。

もともと祝い事とセットの行事なので、きっと多くの人には幸せなイベントなんだと思っている。

 

なのに、私は自分の苦い経験だけを吐露した。そしてまた、私のコメントに影響されてそうなってしまったわけではないだろうけれど、餅まきに対する「野蛮」「こじき見苦しい」「これだから田舎は」などのコメントが続くのを見ると、ああなんか、どこかの誰かさん、あなたの餅まきをこんなふうに思ってごめんね、と思うのであった。

 

まあ、思うんやけど、私はもう和歌山を出て、阪急沿線の高級住宅街で餅まきなんかと無縁のおしゃれな暮らしが出来て本当に良かったと思ってるし和歌山には戻りたくないし和歌山弁も喋りたくないし、なんならもう私、和歌山の人間違うから。って感じ。


f:id:mikimiyamiki:20170713082555j:image

けど、何故だろう餅が好き。冬でもないのに、ほらこうして、切り餅を常備していて、手に持って記念撮影するぐらい好き(二日連続で写真のせるとはどんだけ手に自信あんねん、まあ手はよく褒められるから、手だけは)。
やっぱり私には、和歌山の血が流れているのか。

http://www.asahi.com/articles/ASK6J6WRWK6JPXLB00X.html