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コメダすぎる珈琲店と数学6点の私

去年の夏頃、実家近くのコーヒー店に行った。
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メニューも内装も、この通りで。長靴のクリームソーダとか。
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シロノワールっぽいのもある。
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このジュースの入れ物も、うん。


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 とにかく、すべてが、コメダすぎた。

 

そういえば、コメダといえば、はてなでのみ話題になった新聞紙のホッチキスだ、と思ってそれも撮ったりしたけど、あとから見返したらホッチキスはホッチキスであの位置にとめる他無く、何の面白みも無い写真だったから消していた。

 

 https://more-news.jp/article/detail/10837

年末のニュースで、ここがこんなことになっているのを知った。

この冬休みにも帰省したので、もういちど店に行ってみると、いかにもな突貫工事で、なんとかコメダ感を無くそうとしていた。

 

「笑えるよな、ほんま」

ホットコーヒーを飲みながら、夫はあきれたような、小馬鹿にしたような態度で、そういった。

笑えるぐらい、バカ。

というこの言葉のニュアンスには、ド田舎でクソださい、という、この土地そのものへの嘲笑も含まれていることを私はよくわかっている。

彼はよくこうして私の実家のある和歌山を嘲る。それは二人の間のネタみたいなもので、私がそれに対して「もー、うるさいなあ」と怒って、ごめんごめんと笑いながら彼があやまるまでが1つのお約束みたいになっている。

夫自身本心で、そこまでバカにしていないにしろ、和歌山を決して好きではないというのも私は知っている。

彼は、淡路島の海を見て「海は良い、老後はこういう場所で暮らしたい」とか言うくせに、海水浴場に程近い私の実家が空き家になっても、あんな所には住みたくない、とキッパリ言うのだった。

そしてまた、私自身もまた、こんな所には住みたくない、と思っているのだった。

 

私が和歌山を出たのは、数学が出来なかったからだ。

 
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国語の偏差値は、まあまあ高かった。校内2位って私すごーい。ていうか高校生の頃の模試の結果なんかよく残してるよな。ミニマリストに卒倒されそう。

 

まあとにかく国語が得意だった。特に作文。小学生のころから私は嫌な子供で“こういう文章を書けば大人が喜ぶ”という型みたいなものをわかっていた。たとえそれが嘘であろうと、書けばほめられた。

あれは小学三年生の頃だと思う。和歌山の青岸エネルギーセンターというゴミ処理場の見学に行ったとき、感想文を書いた。

内容をかいつまんで言えば『粗大ゴミの中にまだ弾けそうなピアノがあって、それが潰されるときに、ピアノが泣いているみたいな音をたてて壊されていった、私達はもっと物を大切にしなければいけない』みたいな主旨の作文であった。

しかし実際はピアノはそんな音をたてていなかった。

誰もそんなシーンを見ていなかった。

ただ、ピアノがゴミ処理場にあったのは覚えている。それで、『泣いたピアノ』なんてわざとらしいタイトルをつけたらなんか社会に問題提起とかできるんでしょ、と思ったのだ。

浅はかな小学生の考えだが、事実世の小学校にはそんな浅はかな小学生の文章を評価してくれる先生が大勢いたのだった。

 

それで高校生になっても当然現国は得意で、古文も現国の読解力の応用でなんとか乗りきったのだが、子供の頃から算数が嫌いだったのが、成長するにつれ壊滅的な状況になり、数学ⅠAはまだ偏差値は40ほどあったのかもしれないが、ⅡBとなると、完全に私の脳みそは崩壊した。 
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200点中、12点である。

100点換算で6点の答案用紙。リアルのび太だ。そもそもマークシートなのに12点って逆にすごくないか?確率を超えたな、私のアホさ。(数学のマークシートって多分組合わせで全部合ってないと点数貰えなかった記憶があるから12点もあり得るのかな)

 

私は、親の期待に応えたかったので、何度も父親から「頭の悪いやつだ、もっと勉強しろ、自分はもっともっと努力した、本当にお前は出来損ないだ」と詰られながらもけなげに数学をがんばってなんとか地元の国立大学を目指したかった。

 

しかし、国立大学に行くならば、五教科を平均値以上とらなければいけないのだ。

五教科で平均値以上……。今も、私は、国立大学に行く学生さん達を心底尊敬している。そして、自分の娘には、そこまでのことを求めるつもりはない。

そのぐらい、国立大学入学というのはスーパーマンでないと実現し得ないことなのだと思っているのだ。

高二の途中まで悪あがきで数学と生物を頑張ってはいたものの、限界を感じ、私学文系に転向した。遅すぎる決断だった。

そこまで国立にこだわることなんてなかったのだ。

なんで、あんな父親のために必死になっていたのだろう私。

 

そんなこんなで、県外Fランクの私大に入学。県外の夫に出会った。結婚した。県外に出た。だいぶざっくり書いた。

 

もし、私が数学の点数も取れていたなら。

国立大学に、和歌山大学に行けていたなら。

そしたら、和歌山の人と付き合って、和歌山で結婚していたかもしれない。

そしたら、コメダすぎる珈琲店が身近にある生活をしていたかもしれない。夫が笑うから喋らなくなった和歌山弁を流暢に話しているかもしれない。

 

……まったく、興味ないな、そっちの未来に。はー、和歌山出て来て良かったわ。数学12点で良かったわ。普通にコメダ珈琲行くわ。

 

ただ、数学を、きちんと理解できる脳みそを持った私なら、知ることができたであろう世界、数学が解るからこそ、見えたであろう世界には、今もとても興味はある。

興味があるけれど脳がついていかないのだ。

 

昨晩娘に読んであげた絵本によると、アルキメデスは全宇宙を埋め尽くす砂粒の数を全て数えても、1のうしろに0が51個以上つかないことを計算したとか書かれていて、凄い壮大なロマンを感じたものだった。

宇宙の砂粒の数て。

アホなん?と思う発想、それを数式できっちり解く方法が、この世には存在するのだ。どんな式になるねん。何から始まるねん。めちゃくちゃ興味は、ある。

 

でも私は正真正銘アホな発想はなんぼでも出来ても、アホはアホどまり。コメダもどきはコメダもどき、なのだった。

 
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