40年前のオーブンでクッキー焼いた~《東芝HGR-820》は母の味~

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私、菓子をわりと頻繁に作る。

特に簡単な焼き菓子。マフィン、パウンドケーキ、シフォンケーキ、クッキー、などなど。

そしていつも思うのは「ああ、今回もまた、違うな」ということ。

 

いやべつに海原雄山みたいに至高の焼き菓子を求めて東西新聞の記者と争ってるわけでもなく上手く焼けなかったら菓子を割ることももちろんない。けれど、私が作りたかった味には、決してならないのだ。

 

私が作りたいのは、母が作ってくれたお菓子の味、特にクッキーだ。

同じものを作りたくて、母がいつも使っていた本も、譲り受けた。
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昭和50年発行。
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この時代の料理本って、写真の食器とか食品の盛りつけ、テーブルメイクが今と全然違うから、味わい深いので好きなんだけど、フルカラーじゃないし、字だけのページも多いから、難易度がやや高い。

 

で、同じレシピ本で作っているのに、作っても作ってもなんかこう、私の味は母の作るそれとは違うのだ。


そして、この冬実家に帰ったときに、気づいたのだ。

ひょっとして、レシピではなく作り方、特に使う機械の条件が違うからなのではないか、と。
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実家で、約40年のあいだ、使われ続けている家電がある。
それがこのオーブン、東芝HGR-820だ。

母が嫁に来たときから既にこれがあったらしいので、37年は働き続けているこのオーブン。

 

考えてみると、すごいことなのではないか。

 

いつも実家にいるとき、当たり前のようにこれを母が使っていたので今まで気づかなかったけど、40年近く現役で使われている家電って、やばくないか?

そして、このオーブンが、最終的な味の決め手になっているのかもしれない、そう思ったのだった。
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そこで、私はいつものようにクッキーを作ってみることにした。「いつものように」と書いたが、いつものようにはいかなかったのが、40年前のオーブンであった。後に詳しく書く。

尚、クッキー型は、これまた記憶する限り35年前のもので、母が私によく焼いてくれたクマさんや飛行機などの可愛いプラスチック型を使うことにした。 

幼い頃の私は、このクッキー型を見るだけでも楽しい気持ちになったものだった。母とは、よく一緒にお菓子を作ったな。

父は母にも私にもとにかく怒鳴り付けて、おそろしい存在だったから、私にとっての母は本当に優しくて救いだったし、こうして焼き菓子を二人で作っているときは、甘い香りが家中を包んで、幸せな気持ちになれたものだった。

あと娘が裏返しに着ている黄色のセーターは昔祖母が私に編んでくれたものであり、これまた古くさいことこの上ない。

 

ではさっそく焼いてみる。

 

東芝HGR820、その現在のオーブンとの違い

まず、焼き菓子作りで重要なのは、オーブンの余熱である。

しっかりと余熱しておかなければ、生地内への火の通りに時間がかかり、うまく膨らまなかったり生焼け、焦げの原因になる。それはどんなオーブンでも同じ。

ただ、この昭和のオーブンは、現在では考えられない仕様になっている。それがこの目盛部分。

 
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よくみてほしい、何かが、足りない。

そう、タイマー機能がなのである。

つまり『時計は各自、自己責任で確認しときや、わいは焼くだけやからな!』ということである。

あと、温度設定。

うわ、すっごい、ざっくり。

すごいざっくりしてるやん、六色の暖色系目盛りと七段階の数字がかいてあるけど、厳密に何度か、わからんやん。お菓子作りって、繊細な作業やのに、これは辛い。

 

そして、クッキーを庫内に入れて、はい終わり、あとは15分後また取り出します、というわけにはいかないのが、このオーブンの大きな特徴なのだ。

焼き始めて5分後、中を確認する。


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すると、裏面端にこのような焦げが出来てしまっているのだ。

表面や真ん中は、まだ生白い。すなわち、クッキーを焼き上げるまでに、オーブンの前を離れずに、焼き加減を確認しながら、何度か裏返さなければいけないのである。これはもう、かなりめんどうなことである。


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ここまで焼くのに、2、3分おきに5回ぐらい一枚一枚すべてひっくり返した。

昭和の家電で焼く、昭和の型のクッキー、完成。(不格好な言い訳としては、このプラ型、浅くてそのわりに模様がこまかくて抜きにくいんだもの。)

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もう、食べる前から、わかっていた。

 

ああ、この香りだったな、って。お母さんが焼いてくれたクッキーの香り。部屋中をつつむ、甘い香り。

一口食べてみる。私がSHARPヘルシオで焼くクッキーとどう違うかは、完全にその香りだということを、今回認識した。

おそらく、注意していないと丸焦げになるような火力で、いちいち返しながら焼く作業により、独特の香ばしさが出るのだろう。

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こちら私がいつもお菓子を作るときに使っているヘルシオ。これも9年前の新婚時代に買った物なので、全く最新ではないものの、40年も前のものに比べたら、別次元の便利さを備えている。

 

なぜ40年も前のオーブンを使い続けるのか

もし、これが炊飯器や洗濯機など、毎日使う家電だったら、その不便さには母も耐えられないだろうと思う。

それに、機械の方も365日40年間フル稼働となると、さすがに寿命が来ていたかもしれない。

ところが、これはオーブンなのである。

出番があるのはケーキやクッキー、そしてミートローフを焼くときのみ、年に数回程度なのだ。そうなると、そのときは面倒だなと思っても「まあ、使えるしな」というところに落ちつくのである。特に二人の娘(私と妹)が大きくなるにつれ、母がお菓子を焼く頻度もぐんと減った。いまだに家族の誕生日にはそれぞれにケーキを焼いているらしいけれど。適度に休ませつつ、手入れをしながら適度に働かせ続けていることが、現在もこのオーブンが健在である理由なのだと思った。

 

「ずっとここ(オーブン)の前に立っとかなあかんから、ほんまめんどくさいわー。せやけどこれ、さすが昔の日本製やね、精密というか全然壊れてくれへんから、買い直されへんやないの」そういって、母はよくお菓子を焼きながら苦笑していた。

なるほど、made in Japanって、やっぱすごいんだな。

 

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余談。

娘とクッキーを焼く楽しさは、型抜きというか、抜かれた外側の生地、その形がさまざま違って面白くて、綺麗に抜いた方の生地よりむしろこっちの「側」が楽しみのメインであるかもしれない。

というのも、毎回その「側」の形が違って、これは恐竜に見えるだとか、こっちはゴリラのうんこだとか、ヘビだとか、そういう話をしながら作って食べるのが、楽しいのだ。

 

「美味しい」って気持ちとその記憶は、どこか不思議だ。味そのものにプラスして、そのとき、誰と、もしくは一人で、どんなふうに食べる(飲む)かという、味と全く関係のないところもわりと深く作用する。

私のなかでは、きっと、東芝HGR820で作ったクッキーに勝るクッキーには、出会う事はもう無いような気はしている。

それはとても、幸せなことだと思った。