ミスチルのヒカリノアトリエを買った。
うちには、ミスチルは全シングル、アルバム、ツアーDVDが揃ってあって、ライブは今まで5回見に行っていて、それなりにファンであるのだけど、このヒカリノアトリエに関しては、感想は、まあ、普通やな、って感じだった。うん、普通。
Mr.Childrenで一番好きな曲を1曲選べと言われたら悩むけど、これだけでは絶対ないよな、ベスト20にも入らないよな、と思った。けなしているわけではない。
しかしこのCDヒカリノアトリエは良かった。Mr.Childrenファンなら、必聴の1枚であると思った。
なぜなら、長年、ミスチルファンのみならず、多くの人々の間で議論の的になってきた『顔のわりに小さな胸』問題に、桜井さん自らが切り込んだトークが収録されているのである。トラック8のover弾き語りで、そのなぞが、ついに、あかされるのだ……!
そもそも、顔のわりに小さな胸問題というのはなんであるかと言えば、アルバムアトミックハートに収録された「over」の歌詞に出てくる女の子の描写にある。
歌詞の主人公は、彼女に心変わりされてフラレた男性。その人が、彼女を思い出して悲しみを唄う歌。
軽やかで明るいメロディーにのせて、悲しい現実をうたう手法をとったのは、桜井さんいわく、ギルバートオサリバンのアローンアゲインを意識したとのこと。
Gilbert O'Sullivan - Alone Again (Naturally)
ちなみにアローンアゲインの歌詞は、嫁が結婚式当日に逃げるわ、親が死ぬわ、自殺を匂わせるわ、もう超絶鬱展開なのに、メロディーがとてつもなく優しくて穏やかで、湖畔でピクニックかなんかしてる曲かと思ったのに和訳を知ってショックで恐怖すら感じた。
で、ミスチルoverの歌詞、長年大きな謎とされてきた女性の特徴が『顔のわりに小さな胸』なんです。
顔のわりに小さな胸。かおのわりに……
ってどんな顔やねん、どんな胸やねん!
「桜井さんは、顔を見ただけで、女性のカップ数がわかるんですか?って聞かれたこともある(笑)」と、このCDでの語りでご本人も仰るように、ほんと謎。
で、その歌詞について、桜井さんが語り始めたのです、これは聞かなければ。
「僕だってね、パッチリ二重瞼にうまれたかったよ、だって一重よりさ、二重瞼のほうが一般的には立場は上でしょ。でね、怒らないでほしいんだけどね、胸も、小さいより、大きな方がポイント高いでしょ、怒んないでね……あはは」
「まあ、だから、セールスポイント低い胸でもね、そのままを愛していたんだよ、なぜなら世界でひとつの胸ってことでね。(会場内ここで拍手が起きる)」
いやいや、ようわからん、どういうこと?何の拍手?
「なぜこんな歌詞になったかは、不徳のいたすところ。今だったらもっと、的確な表現にしていました」
なんじゃそりゃー。結局わからんやないかいっ。
でも、ええねん、overの歌詞は、これでええねん。
顔のわりに小さな胸。うん、わからんけどなんとなくわかるよ。わけのわからなさも含めoverの良さだな、と思うわけでした。
本当に私はどの曲も桜井さんの歌詞が好きで、例えば「隔たり」ではコンドームをあんなに純粋でロマンチックな曲にしてしまえたり、「タガタメ」ではあからさまに反戦を叫ばずとも、そういう意図を受け止められる深い言葉で聴く人の心に戦争の是非を訴えたりだとか、どの表現がどんなに素晴らしく素敵で好きかをいちいち書いてたらきりがないんだけど、このoverに関してはまた違う意味で私のお気に入りの詩だと思っている。
ちなみに、この歌を聴くと、いつも思い出すのは、大学時代可愛がっていた後輩の男の子に言われた「みきみや先輩は、おっぱいさえ大きければ、100点やと思いますよ!」という言葉。
私の小さな胸は、100点から何点分減点されたのかは、知るよしもない。
あと、桜井さんは、パッチリ二重瞼じゃなくて今のタレ目がめちゃくちゃかっこ良いのです。