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自転車なんか乗れなくて良いという私の優しさは優しさじゃないのか

ほんまは自転車乗りたかった


藤山直美主演、映画『顔』の、このセリフ。このセリフに、ショックを受けた。

主人公の正子(藤山直美)は、35歳引きこもり独身。幼い頃から外見的にハンデのある女でおまけに少し知恵遅れで運動神経も悪い苛められっこだった。
そんな正子を常々可哀想だと思っていた父親は、幼い彼女にこう言う。

「おまえは、自転車も乗れんでええし、泳げんでええ」

やがて父親は、愛人とどこかへ逃げてしまい、正子は、取り残された母親と二人暮らしをしていたのだが、母親が急死する。そして口論の末長年不仲だった美人の妹(牧瀬里穂)を殺害してしまう。物語は、そんな正子の逃亡生活を中心に進む。

初めの潜伏先は、古いラブホテルで、そこで働くことになる正子。岸辺一徳さん演じるホテル支配人が彼女の世話をする。細かなやりとりは忘れたが、正子の自転車の練習に付き合うことになる支配人。その後支配人は自殺するので、多分最後に願いをきくような意味があったのかもしれない。

タイトルのセリフは、川原で自転車の練習をしているとき、ぽつりぽつりと正子が話した言葉だ。

ほんまは、自転車に乗りたかった。
ほんまは、泳げるようになりたかった。

彼女は、何度も転んで泥だらけになった顔でそう言った。

私は、常日頃から、娘には「頑張らなくて良いよ、嫌ならやらなくて良いよ」そんなスタンスで接してきた。

何故なら、私自身は完璧主義な父親に頑張れ頑張れとかなり厳しく育てられ、その結果過剰になんでも全力投球でがんばる人間になってしまったと思っているからだ。

素直にどんなことも一生懸命取り組む人間は、ブラック企業の格好の獲物になった。「やりがい搾取」という言葉がまだなかったあの頃、私は記者もやりながら、『営業もさせてあげる、広告デザインもさせてあげる、撮影もさせてあげる、残業させてあげる、電話も全部とらせてあげる、頑張れ頑張れ頑張れ!』ともはや自分が何屋なのかわからず、それでも自分の想いをカタチに出来る幸せな職場にいるんだから、上司の期待に沿えるようにがんばらなくちゃ、と働いていた。

「頑張ること」は、そんなに大切だろうか。努力は報われるのだろうか。世の中で、成功しなかった人は全て頑張らなくて、努力が足りなかったのだろうか。

ただひたすらに、汗水たらすことのみが美徳と教育するのは大変危険だと私は思っている。少なくとも、娘には、私みたいな職場では働いて欲しくない。すぐにそんな所からは逃げる無責任な子になってほしいのだ。

私の大切なこの子には、将来辛い思いをしてほしくないから、がむしゃらにひた走る子に育てたくないのだ。
 
自転車も、水泳も、出来なくたって死なないし。いいよ、やりたくないなら、やらなくて良い。そう思っていた。

そこへ、藤山直美のこのセリフである。
ショックだった。

とはいえこれはフィクションである。自分の子供が35歳引きこもりになるかどうかは、わからない。自転車に乗れなくても、他の幸せを見つけるかもしれない。

ただ、最近うすうす思うのは、例えば甲子園など大きなスポーツの大会に出るほどの実力があったり頑張れる子供は、その他勉強に関してや、社会に出てもそれなりにうまいことやるよね、ってことで。

運動神経は今のところ無さそうな娘。頭のほうも、これもあまり期待は出来ないと思っている。
ただとても健康だ。そして顔が可愛い。結局またその話になるが、娘は顔が可愛い。それで良いではないか、と思った。

ちなみに正子は、逃亡の中で自転車に乗れるようになる。恋をし、ラストには海を泳いで警察の手から逃れるシーンで終わる。